「練土術師?」
練土術師ってなんだ?
錬金術師じゃなくって?
いや、おそらく文字通りなんだろうけれど。このタイミングで現れたということは……。
「これがボクに与えられたジョブってこと?」
そうなると、さっき使ったスキルは《粘土工作》ってところかな。ボクのクオリティじゃ工作というより粘土遊びだけど、まぁ良しとしよう。
それにしても随分と粘土に特化したジョブだなぁ。スキルだってどう考えても戦闘向きじゃないや。
「うーん、まぁ戦いたいわけじゃないし。畑を耕せるならそれでいいよね」
まだまだ疑問は尽きないけれど、いつまでも考えていたって仕方がない。ひとまず土を柔らかくして、畑を作ってみよう。
「そうだ、どうせならこれを蒔こうかな」
あることを思いついたボクは、小さな布の袋を持ち上げた。
袋の中身は、あの嫌味な商人がくれたヒマワリの種だ。殻はすでに取り除かれ、先の尖ったクリーム色の中身が露わになっている。
この世界で種蒔きをしたことがないし、これがちゃんと発芽するかは分からない。でもあいにくと他に種を持ち合わせていないし、数だけは大量にあるから、運が良ければ一つくらいは芽が出るかも。そう考えたボクはさっそく行動に移すことにした。
「《粘土工作》」
地面に触れながら念じると、やはり先ほどと同じような柔らかい土になった。これで種を植えても大丈夫なはず!
空いている左手を袋の中に突っ込んで種を一粒摘まむと、右手で掘った穴の中にそっと種を放り込む。そして土で埋めて、優しくポンポンと叩いた。
あとは定期的に水を与えてやれば大丈夫だろう。男爵領で井戸は掘れないが、幸いにも村の近くを川が流れているから水の心配はいらないはず。
「どうか芽が出ますように」
仕上げに両手を合わせて、神域にいるであろうサクヤ様にお祈りをする。
さてさて、どうなるのか楽しみだ。
前世と同じヒマワリなら一週間くらいで発芽するけれど、この世界でも同じかは分からない。ここは気長に待つとしよう。
あぁ、そうだ。ママたちにジョブの報告をしなくっちゃ。
――ぽこんっ。
家に戻ろうと立ち上がったその瞬間、拍子抜けするような音が足元から聞こえてきた。なんだろうと視線を下げてみる……と、地面から顔を出している小さな双葉が目に入った。
「えっ?」
いったいなにが起きたのか理解できず、思わず変な声が出てしまった。
パチクリと瞬きを何度繰り返しても、二枚の葉っぱが間違いなくそこにある。ぷっくりとした柔肌に瑞々しい艶のある緑色。嗚呼、なんて可愛らしいんだろう!
「うわぁぁぁ! 芽だ! 芽が出た、やったぁ!」
思わず歓喜の声が上がる。それだけじゃ収まらなかったボクは、嬉しさのあまりその場で地面に這いつくばると、葉っぱにすりすりと頬擦りを始めて……って違う!
「いやいやいや、いくらなんでも早過ぎだってば!」
正気を取り戻したボクは、ついそんなセルフ突っ込みをしてしまう。
「しかもどんどん大きくなっているし……」
驚くべきは、今も成長を続けていることだ。茎はどんどん太く、空にズンズンと伸びていき、葉はワサワサとその数を急速に増やしていく。
――この世界の植物だから?
いや、そんな不可思議な話は聞いたことがない。
――じゃあボクのスキル?
それも違うだろう。
だって粘土工作師とはなんの関係もないし。
植物の知識があるからこそ、眼前で起きている現象が余計に理解できない。
今や茎なんて鉄パイプより太くなっているし、見上げてみれば背丈はボクの倍近く、二メートルを優に超える高さにまで育っていた。
花の部分だけでも、広げた傘ぐらいのサイズがあるんじゃないかな。あまりに大き過ぎて、ボクの身体をすっぽりと覆うほどの影を落としている。正直、かなりの威圧感だ。
「あ、あはは……これはさすがに予想外だ」
思わず乾いた笑いが口から漏れる。その一方で、ボクの心臓はバクバクと高鳴ってやまなかった。
ただの五才児ならビビッて逃げ出すところだけど、あいにくとボクは普通じゃない。
こんな植物を自分で育てたなんて、最高にワクワクするじゃないか。
こうなってくると、もっとこの不思議なヒマワリについて調べてみたくなる。
「おぉ、凄いな。種までしっかりと巨大化しているんだ」
ヒマワリといえば花の中心に無数の種が集中しているのが特徴的だ。目の前にある巨大な花もそうなのだけれど、種の一つ一つが明らかにおかしなサイズをしている。
「――よし、採取してみよう」
小さな両手を茎に回して支えにしながら、葉っぱを足場にしてよじ登る。凄い、ボクが乗ってもビクともしないや。
んしょんしょと息を吐きながら、どうにかこうにか種を一つ、花から引き抜いた。
「やっぱり大きいな」
蒔いたときは指の爪ぐらいの可愛いサイズだったのに、今は子供の手のひらほどもある。
やっぱり中身も肥大化しているんだろうか。確認したくとも殻は頑丈で、非力なボクでは割ることができない。
だけどここで諦めてなるものか。
道具を使えるのが人間の強みだ。
スキルで柔らかくした粘土を矢じりのような尖った形に変えてから、最高硬度にして殻に叩きつける。それを何度か繰り返すと、どうにか殻の中身を取り出すことができた。
「うーん、見た目は巨大なヒマワリの種だな」
特に色味に変化があったとかではなく、単にサイズが大きくなっただけみたいだ。
となると次に気になるのは味だ。
あまり日本では馴染みがなかったけれど、ヒマワリの種は立派な食べ物なんだよね。
海外ではオヤツとして食べられているし、圧搾して油にもできる優秀な食材なのだ。
つまりこれが食糧として利用できれば、この荒れ果てた地に革命が起きる。
そう、だから食べられるかどうかの確認は必要な行為なのだ――。
「よし、食べてみよう」
……いろいろと建前は言ったけれど、ぶっちゃけるとお腹がペコペコなのだ。さっきから自分のお腹からぐぅぐぅと音が鳴りやんでいない。
というわけで、いざ実食だ。
おにぎりを食べるように両手で種を掴むと、先端の方から口に含んでみた。
「んっ? んんんん?」
おそるおそる齧ってみる。
するとカリッという軽快な音とともに、香ばしいナッツのような味が口の中に広がった。
「食べられる……というより、普通に美味しいぞ!?」
お腹が膨れればいいやと味は期待していなかったけれど、とんでもない。
咀嚼すれば咀嚼するほど自然な甘味を感じられて、食べるのがやめられない止まらない。
本来ならローストした方が風味は良いんだろうけれど、生のままでも十分だ。
「うむむむ、不思議だなぁ」
ポリポリ、ムシャムシャと頬張りながら首を傾げる。
確認のために、袋の中に残っていた普通の種と食べ比べてみたのだが、驚くほどの差があった。
なんと巨大化したヒマワリの方が、明らかに味が良かったのだ。
巨大化もそうだけど、ここまで味が変わるともはや別の植物に進化したとしか考えられないぞ?
「あっ……」
考察しながらモグモグと食べていたら、あれだけ大きかったはずの種が手の中から消えていた。一粒でも満足感はあるけれど、もっと食べたいと脳が訴え続けている。
見上げれば、数えるのも面倒になるほど大量の種が花に残っている。
たしか一本のヒマワリから取れる種は数百から千近かったような。
もしこれらの種をすべて蒔いたら、いったいどうなるか――。
想像するだけで、ボクの喉元がゴクリと鳴った。


