19歳の誕生日が過ぎると長かった梅雨が明け夏がやって来た。大学は前期試験を受けて夏休みに。意地で全単位取得しバイト三昧の予定は変更して真白のお見舞いを優先。

 真白が居るだけで俺の世界は輝いて、なんでもできそうな力が湧いてくる。 
 ……やっぱ、真白って最強じゃん?

 後遺症も無いし、骨折の治りが異常に早いらしい。来月の退院が決まったとの報告を受けて、夏休み最後の見舞いに訪れる。

 もちろんリハビリを頑張ったご褒美も用意した。真白が滑落の時に失くしたという、ラピスラズリの星のヘアアクセサリーだ。

 真白はこれを宝物だと言っていた。山にもつけて行くくらい、大切にしてくれていたなんて、少し思い上がってしまう。

 青い星が気に入っただけじゃなくて、俺からのプレゼントだから、俺が真白の特別な存在になれているのか……と。

 車椅子で真白を病棟の外に連れ出し歩行訓練に挑戦。ゆっくりだけど自分の力で俺の広げた両手のゴールまで歩けた。

 もう一度、真白の宝物を髪につけてやると……言葉もなく……燦めく笑顔で……俺を見つめた。

 あぁ……
 真白にとって……俺が、特別なんだ―――。


『すごく大好きだよ。ずっとずっと一緒にいたいくらい……』


 隠していた気持ちがほろりと、我慢できずに胸の中から零れて。

 でもまだそれは、俺が言葉にしていい資格はない気もして。言うのも恥ずかしいし。

 葛藤しながらも、真白が愛おしすぎて―――無理だった。

 そっと告白を囁いた。照れ隠しの英語で、少し戸惑いながら。
 すると……自分の胸に隠した愛しい人は、ゆっくりと首を上下に揺らし答えてくれた。

「俺……真白(ましろ)に……
 恋人になって、って言ってもいいの?」

 自信のない幼い自分が求めた、初めての恋の行方は……

 真っ白に澄んだ力強い眼差しが、心と心を繋いでくれる―――「私も、ずっと葵くんが大好きです」。

 宝物を大事にするみたいに。こうして真白の手を取って……これからはふたりで、同じ世界を歩いてゆける。

「ありがとう。大切にするから……」

 色々な事を経験して、新しい事にも挑戦して、少しずつ成長していけたらと思う。
 それで……いろんな意味で大人になるだろうな?

 ふたりの未来を予測して、ほんのり色気づき頬を染めて―――愛しい彼女に『好き』をたくさん伝えるんだ。


 それで俺……告白が成功して浮かれていたんだと思う。つい彼女の存在を匂わせアピールしていたみたい。大学でもバイト先でも即バレで、母さんにも白状した。

「葵、何かいい事あったでしょう?」
「なんでみんな、わかっちゃうかなぁ……彼女できた」
「……ましろ、ちゃん?」
「なんで知ってんの!?」

 電話の先で母さんのくすくす笑う声がする。だいたいみんな教えてないのに知ってて本当に不思議に思う。

「葵が夏休み遊びに来たとき毎日電話してたでしょう? 随分楽しそうに『ましろ、ましろ』って呼んでたから。葵は嘘つけないし、顔に出やすいのよ?」
「わ〜、知らなかった〜」

 言われてみれば……写真を見たり電話で声を聞くと、つい夢中になっちゃって。真白のことに関しては特に没頭してたかも?

 『好き』がダダ漏れしてた、俺。

 そして真白が無事に退院して落ち着いた頃、俺は真白の家を訪れる。家の前に到着したところで連絡をすると、真白が玄関を開けて出てきて手を振った。

 俺はそれにぎこちなく応えて真白のもとへ行く。まだ真白は激しい運動を禁止されていて、生活に慣れるまでは慎重に行動する療養期間中だ。

「あはっ、葵くん、手と足が一緒だったよ?」
「えっ、そうだった? なんか俺、すげぇ緊張してる〜」

 真白は俺を見て面白そうに笑う。実を言うといっぱいいっぱい。自宅限定のデートしかできない状況で、まずはご両親に挨拶をする行程を省くわけにはいかない。

「何回も病院で会ってるんだから、もう少し肩の力抜いて? まるで結婚の挨拶に来たみたい」
「あー、それはまた今度ね。ふぅ……」
「……こ、今度、するんだ?」
「はぁっ、やっぱダメだ。真白ちょっとチャージさせて……」
「え? わっ」

 真白をぎゅうっと抱きしめて、頑張る力を充電させてもらう。

 真白がとっても娘として大切にされてる事はよく知っているから、まずは俺がご両親に認めてもらわなくては!
 真白を傷つけた前歴がある俺には重大な面接試験だ。

「真白さんとの交際を許可していただけますか! よしっ、チュッ」

 声出し練習をして気合いを入れ、流れで真白の髪にキスを。そして勢いのまま本番に挑むと―――……

「君達はもう成人なんだ。健全な交際なら私は構わないよ」

 と真白のお父さんは言った。許してもらえたのか、釘を差されたのか、解釈に困ったがとりあえず補欠合格くらいにはなれたみたいだ。

 お父さんの前ではいつも緊張するが、お母さんは対照的で底無しに明るいから気がほぐれる。

「葵くん、気楽にしていいのよ? ご丁寧に結婚の挨拶みたいじゃない?」
「あ、はい、それはいずれまた……」
「あらぁ」
「……?」

 俺、マズイこと言った?
 お母さんは口元を覆って驚いて、お父さんと真白は同じに目を見開き仰天していた。真白のその驚き方はお父さん譲りなのか。

 俺は可愛く思って微笑むと、目が合った真白はみるみる顔を赤くしてうつむいた。

「あはっ、もう真白が限界ね〜。葵くん、2階でゆっくりしていって。お茶を運んでくれるかしらぁ?」
「はい」

 お母さんが席から離れると俺も礼をしてから後に続き、真白が自室に連れて行ってくれた。

 緊張から解放されて待望の真白の部屋でふたりきり……そこで噛み締めるお父さんの、健全な交際なら、の言葉と意味。

 彼女の私物だらけの密室では惚れた身として誘惑が多い……。が、今日はひとつ残している憂いを晴らす事ができるかもしれない、という目的があった。

 写真アルバムも見せて貰って真白の成長も楽しんだし、部屋も観察させてもらって……。やっぱり足りないモノが見つからないから、自然を装ってさりげに聞いてみる。

「真白……絵は描いてないの?」

 俺の質問に真白は自分の右手をぎゅっと左手で隠すようにした。スケッチブックも美術道具も一切見当たらない部屋に、やはり違和感を覚えて仕方ない。

 俺達はラグの上に座って閉じたアルバムを間に置き、お互いの胸の内を探っているような少しの沈黙を通した。

「……う、うん。しばらく描いてなかったから、今は……描き出すタイミングを取ろうとしてるところ、かな」
「そっか、焦んなくていいよ。生活に体を慣らす方が今は大変だもんな」

 真白は困ったように微笑んだ。
 芸術もスポーツも、怪我を理由に才能を潰される事がよくあると思うから……。それが頭から離れなくて俺は気にしていたんだ。

 傷痕は残っていないか、幾度も真白の右手のひらを確認して……綺麗に治っているとわかっていても、また確認してしまう。

 真白の右手にそっと触れて、指で優しく擦り……感覚があるかどうか試すふり。俺の手のひらを向けて、そこに真白が手を置いてくれたら……俺を好きでいてくれる証。

 きゅっと手と手を繋ぎ合わせて、視線を合わせて……心と心を結ぶ。

 俺はどうにかしてこの愛しい気持ちがほどけないよう、真白の心の奥に潜む……隠された扉を開けたかった。

 いつか俺が、真白が俺にしてくれたみたいに……本当に燦めく世界へ羽ばたかせてやりたい。

 願いを込め―――真白の右手に口づけを。
 真白がまた絵を描けますように―――。