「あ。花宮くんって、小六の作文コンテストで金賞だったよね?」
「え、うん……何で知って……」
「わたしあの時、銀賞だったの」
「まじか……」
「自信作だったから悔しかったなー」

 勝てた喜びよりも、負けた悔しさの方が心に残りやすいのもあるだろう。今まで自分が負け続けていると感じていたから、彼女に言われるまで、自分の勝利の影で負けている他の誰かが居ることはあまり意識していなかった。
 それから、雪原さんは色んな話をしてくれた。学年末テスト、合唱コンクール、文化祭の出し物。彼女は僕以上に負けず嫌いなのだろう、いくつか記憶に残っているものもあったが、僕が忘れているものも多かった。

「僕たち、勝ったり負けたりを繰り返してたんだね……」
「うん、ほとんどわたしが負けてたけど。……でも、いいの。わたしは楽しかったから。……頑張ってる花宮くんを見て、わたしも頑張ろうってやる気を貰えたから」
「雪原さん……」

 勝手にライバル視されていたのかと心配になったものの、そう言って微笑む雪原さんは、負けても恨んだりするようなタイプではないようだ。
 知らぬ間に競う目標とされていた事実が、いつも気に掛けていてくれたのだということが、何となく照れくさかった。
 それに何より、幼稚園から中学校までずっと同じところだったのに、クラスではあまり話す機会のなかった彼女の努力家な所やまっすぐなところを知ることが出来たことが、なんだか嬉しかった。
 そして、勝てた思い出を語る時心底嬉しそうに微笑むその表情が可愛らしいことも、改めて知ることが出来た。

「まあ、受験は補欠合格っていうほぼ落ちたようなものだし、こんな謎の空間に閉じ込められるし……もう勝負することもないかな」
「ねえ雪原さん……もしかして、受験も僕と競うために?」
「もちろん。……なんて、冗談。ただ家が近くて通いやすいって理由で受けただけ」
「……」
「でもわたし、多分同じ高校には……」

 もし同じ高校に行くことが出来たら、きっと今度はお互い意識しながら切磋琢磨して、色んな成長が出来るはずだった。彼女も同じ気持ちなのか、ふと寂しげな横顔に胸が締め付けられる。

 もっと早く、雪原さんのことを知りたかった。これからも、彼女のことをたくさん知りたい。
 そんなことを思った時だった。ふと、そこから先の未来のことが想像できなくなり、僕はこの空間と、今まで凭れていた椅子の意味を理解する。

「……雪原さん。僕たち、何でここに来たか、思い出せたかもしれない」
「わたしも……。きっとあの時、わたしたちは死んじゃったんだね」

 どうやら、思い出した記憶は同じらしい。
 受験結果を見に行った帰り道。少し先を歩きながら肩を落とす雪原さんを見て、声を掛けるべきか悩んでいる時だった。
 俯く彼女に向かって走ってくる居眠り運転のトラックに気付いた僕は、そのまま駆け出して……

「わたしを助けようとして、花宮くんまで……ごめんなさい」
「ううん、良いんだ。お陰でこうして、雪原さんのことを知ることが出来た。……それに、最後にちゃんと勝負が出来るんだ」
「え?」
「この椅子に座れた方が、きっと生き返れる。最後の椅子取りゲームだよ」

 確信はなかった。けれど本能的に感じる。この何もない空間で力強い存在感を放つこの椅子が、唯一の希望だった。