高校に入って初めての冬。
冬の肌寒い風が窓から感じられる。正直好きではない。冬は寒くていつもより暗い気持ちになるから嫌い。
むくりとベットから起き上がる。そして、いつも通り顔を洗って、着替えて、朝ごはんを食べる。
私以外うちには誰もいないから、当然ながら静かだ。それも、いつものことだ。
毎日毎日、同じことの繰り返し。何も変わらない。変わるものと言ったら、日にちと天気しかないと思う。
今日も学校かぁ……。
学校が嫌いってわけではない。そう思いたい。でも学校と聞くと、憂鬱な気分になってくる。なんでだろう。
クラスで、一人ぼっちって言うわけでもない。だからと言って、いじめられてるってわけでもない。
スクールバッグを持って玄関に立つ。玄関の隣に置いてある鏡を見て、不細工な真顔から、笑顔に変える。無理に笑ってるってことがバレないように、毎日私はここで笑顔をつくってから家を出るのだ。
今日も私は明るい自分を演じる。
「いってきます。」
誰もいない家にあいさつをして鍵を閉める。
今日も早くに学校に着いた。愛読書の「星を観察する本」を読む。
毎日が憂鬱な私が楽しめる祐逸な時間。私は、星を見るのが大好きで、この本も大好きだ。この本は、私が小学三年生の時に亡くなってしまったお父さんの本。お父さんのことはあまり覚えていない。でも、星が大好きで、よく星について教えてくれていたのは覚えている。それがきっかけで、私も星が好きになった。
あの頃は、毎日がキラキラしていて、寝る時も明日が待ち遠しかった。
ガヤガヤと、教室に人がやってきた。本を閉じて、スマホを出す。本を読んでるところを見られたら、陰キャと思われてしまうからだ。隠キャと思われたら私は、あのグループでやっていけない。いじめられないためには陰キャと思われてはいけない。
"明るくて元気な女の子"と思われないとダメなのだ。
「星来おっはよーー!」
美緒が教室に入ってきて、私の前の席にドンッとスクールバッグを置く。
「おはよう!」
朝、鏡の前でつくった笑顔を浮かべる。そして、明るい声であいさつをする。これが私の日常。
「ねえ、聞いて!今日同じ電車にめっちゃイケメンが乗ってきたの!」
美緒は結構な恋愛体質。それでも、サラサラな髪で、整った綺麗な顔立ちだから、異性から人気があるのだ。
「星来は気になってる人とか、いないのー?」
「いない、いない。私にそんな人ができると思う?」
流行の話とかはまだ乗ることができるけど、恋愛の話だけは乗ることができない。
「ま、確かに星来は恋愛大嫌いだもんね。可愛いのに、もったいないよー。」
「可愛くないって。」
なんで女子は可愛くない人に可愛いというのだろう。なんでお世辞を言うのだろう。
「美緒、星来、おはよー!」
「おはよー!」
「唯は今日も遅刻ギリギリだねー」
私と同じグループの美緒と唯。周りから見たら、いつも騒がしくて元気と言う印象なのだろう。つまり、女子の一軍だ。唯は美緒と同様で、可愛くて、明るい子。
だから、このグループでやっていくには、明るくて活発な人と私も思われないといけない。陰キャとか思われてはいけない。ノリが悪いやつと思われてはいけない。
美緒と唯から外されないように。
「ねえ、見て!このコスメよくなーい?」
「めっちゃいいじゃん!今度買いにいこ!!」
今日も、私は周りに合わせる。
「ただいま…」
あの後もずっと美緒たちの話に合わせて一日を終えた。一緒に遊びに行かないかと誘われたが、そんなお金もないし、家のこともしないといけないから、断った。
家に着いたらすぐ夜ご飯の支度をする。今は18時30分。あと30分くらいでお母さんが帰ってくる。お母さんはお父さんが亡くなってから六年の間、ずっと忙しそう。でも、私が私立の高校に通い始めてからは、もっと大変そうだ。
私のためにとても働いてくれているから、私はちょっとでもお母さんの力にならないといけない。だから、こうやって家事を私はするのだ。
「ただいまー」
お母さんが帰ってきた。
「おかえり!」
なるべく明るい声をだして玄関に行く。
「何もなかった?大丈夫?一人にさせちゃってごめんね」
帰ってからお母さんは毎日、こうやって聞く。
「全然大丈夫だよ、元気だし。」
そして、私は毎回こう返す。
お母さんだって疲れてるのに、なんで私に聞いてくるんだろうと思ってしまう。そんなこと言わなくてもいいのに、と。
心配して聞いてくれているのに。こんな事を思ってしまう自分が嫌だ。
「今日も、夜ご飯作ってくれたんだ。お母さん、自分で作るのに。」
お母さんが夜ご飯を食べながら言う。
「お母さんは仕事で疲れてるでしょ?」
「いつもごめんね。ありがとね。ご飯、とてもおいしい。」
「よかった。おやすみなさい。」
「しっかり休んでね。おやすみ。」
自分の部屋に行く。
「はぁ…」
ため息をついてベッドに転がる。
お母さんには申し訳ないけれど、お母さんと話していると疲れてしまう。
学校でも家でも周りに合わせて、明るく接するのが疲れる。毎日学校で、みんなの話に合わせるのが嫌だ。家でも、心配ばかりされるのが嫌だ。
こんなことを思うのは贅沢だってわかっているけれど、それでも疲れる。
遊びに行くのをこのままずっと断っていたら、グループから外されてしまうと思う。
いじめられないようにするためにも、たまには遊びに行かないといけない。でも、そんなことをしたら、お母さんが困ってしまう。お母さんによけい心配されてしまう。
学校に行きたくないとか言えない。でも、行くのが辛い。明日も学校に行くのが嫌だ。正直休みたい。
でも、休めない。
私は、ずっとこんなんでいいの……?
——-冬休みまで、あと5日。
学校では冬休みの話が、話題になっている。
「ねえねえ、三人で冬休みにどっか行かない?」
「それ、めっちゃアリ!」
唯の提案に美緒が賛成する。私は、冬休みもたぶん家にいないとダメだと思う。しかも、冬休みにどっか行くならば遠出だろう。お金がかかってお母さんに迷惑がかかるから無理だ。
「ほら、この店とかどう?」
「あー、そこのアイシャドウ、買いたかったんだよねー!」
「遊園地とかも行ってさぁ、」
行かないとか、言えない。ノリが悪い奴と思われてしまう。でも、言わないと……。
「ごめん、私、無理かも……。」
そう言うと、私たち三人の空気だけがガラッと変わるのがわかった。周りの声が騒がしく聞こえる。
「星来、最近そういうの多くない?」
唯が怪訝な顔をして言う。
「え、そんなことないよ!」
笑って流したけど美緒と唯の視線が痛い。
「ふーん、そっか、じゃあうちら二人で行くから」
唯に素っ気なく言われた。そして二人でこそこそと冬休みの話をする。
そうだよね。三人で遊ぶのに私が行けないって言ったから。これが普通の対応だよね。
でも、やっぱり悲しい。私も遊びたいのに……。自分の心の奥でモヤモヤが広がるのを感じた。
「じゃあね、唯」
校門の前で唯に手を振る。
「バイバイー」
唯はそう言って手を振り返してくれた。美緒は委員会があるとかでまだ学校にいる。
冬休みの予定を断ってから、微妙な空気が流れながらも、私はなんとか二人の間に入っていけた。そして今、やっと学校が終わった。はぁと息を吐く。
「疲れたなぁ」
こんなに疲れた、悲しい、とか思ってもしょうがないのに。つい思ってしまう。そんな暗い気持ちが生まれないで過ごすことは出来ないのかな。ネガティブな思いをする事がない人は、いるのかな。もしもいるなら、その人になりたい。
雪が降ってもおかしくなさそうな寒さ。冬だから、陽が落ちるのが早く、もう空は暗くて星が見えそうになってきてる。夏には葉がたくさんついていた木も、今は枝しか残っていない。
家がもうすぐ見えるというところまで来たところで、ふと小さな公園に目が入った。その公園はブランコが一つと砂場しかなく、公園といっていいものかわからないくらい小さかった。
……こんな公園、あったっけ?
不思議に思いながらも、このまま真っ直ぐ家に帰る気にはなれなくてブランコに腰掛ける。
ギイッ、ギイッ。さびた音がブランコから鳴った。ブランコに乗るなんていつぶりだろう。小さい頃に戻ったような気持ちでブランコを漕ぐ。前に行ったり後ろに行ったりするたびに変な音が鳴るから、面白くなっちゃう。
公園は静かで誰もいない。なんか、この世界で私一人しかいないような、取り残された気持ちになる。でも、ここでは誰にも気を使ったりする必要はない。無理して笑わなくてもいい。そう思った瞬間、肩の力が抜けて安心する。安心すると人って上を向きたくなるのかな。つい頭上の夜空を眺めてしまう。
……見上げた夜空は果てしなく広がっていた。私が住んでいる場所は都会とは言えないものの、そこまで田舎ではない。でも、無数の星が瞬いていた。
「……きれい」
そう呟いていた。いつもの私ならこんなこと言わないのに。でも、星がきれいで、私の願い事を叶えてくれそうに夜空を包んでいたから。つい言ってしまった。
すると、キラッと空で何かが輝いた気がした。
「流れ星……?」
もしかして、もしかすると……。流れ星かもしれなかった。目を見開いてベンチに寄り掛かって、首が痛くなるくらい夜空を見上げる。
「あ……」
キラッ。やっぱり輝いた。流れ星だ!生まれて初めて見た流れ星に嬉しくなる。流れ星に願い事を三回唱えると、その願いが叶うって聞いたことがある。
願い事、してみようかな……。
胸の奥に、ぽつりと浮かんだ思い。
学校では無理して明るく振る舞い、家ではお母さんの顔色をうかがう。どこにも居場所なんてない。ただ息をするように合わせて、気を抜く場所もなく、ただただ疲れていく。
——-どこか、知らない世界へ行きたい
そんな言葉が、心の奥から零れ落ちる。
その瞬間——
夜空を横切るように、一筋の流れ星が輝いた。
「っ……」
きらり、と白銀の軌跡が空を裂くように光る。その刹那、私は無意識に願った。
「ここじゃない場所へ行きたい」
言葉にした瞬間、心臓が大きく跳ねた。
ベンチに座っていたはずの自分の体がぐらっと傾いて。まるで重力が消えたかのように、身体が浮かぶ感覚がした。空気が揺らぎ、視界がふっと滲む。
え、なに……?
手を動かそうとしても、力が入らない。意識が遠のいていく。
私の視界は、光に包まれた。まるで夜空に溶けていくように、意識が遠のいていく。

