紡木の作るモンブランには特徴がある。メレンゲを土台にした生クリームの上に、マロンペーストを山型に絞る。大きさは小ぶり。口溶けが良くて、甘すぎず食べやすいと評判だった。
「出来た」
死んだくらいじゃ腕は落ちない。紡木は満足した気持ちで、仕上がったモンブランを見つめた。
今日のところは、これ以上洋菓子を作る予定はない。出来上がったふたつのモンブランのうち、ひとつは自分用、もうひとつは片倉に食べてもらうつもりで作った。
「片倉さん、来るかな」
考えておくと言っただけだから、今日はもう来ないか。ふと厨房のデジタル時計を見ると二月十五日の十九時を回ったところだった。霊界にも時間という概念はあるのだろう。
友成との待ち合わせは二月十四日の十九時だった。死んでから丸一日経ったということになる。
長いような短いようなよく分からない一日だった。友成は今どうしているだろう。紡木の死を悲しんでくれているだろうか。
未練。友成への思いは未練以外の何物でもない。未練を断ち切ることなんて出来ない。つまり紡木はずっとここに住み続けることになるだろう。
これからの長い年月を思って、紡木は声を上げそうになる自分の喉を手で押さえた。生きていた時は、たとえ報われない恋だとしても、逢瀬の時間さえあれば充分だった。けれど、この霊界に友成はいない。恋人に会えないまま日々を過ごすのは過酷だ。
思い入れのあるものにも色が戻る──片倉の言葉を思い出し、二階に上る。友成と写した写真にも色が戻っていた。
「良かった」
貝殻の写真立てをそっと手に取れば、修行時代のこと、友成と付き合い始めた日のこと、デートやスイーツ巡りをした日のことが脳裏に蘇る。
──本当に好きだったと思う。
師匠としても、恋人としても、友成に惚れていた。洋菓子界の重鎮のお嬢さんと結婚した時も、
「俺の心はずっと紡木だけだよ」
と言われて、心底喜びを感じたものだ。もともと同性同士の恋愛だ、他人に見せびらかすものでもないし、紡木はこの立ち位置で良いと納得していた。
少し困ったように笑う友成の顔と、スマホの自撮り画角を気にして変顔になっている自分。ふたりの時間は、写真立ての中と同じように永遠に止まってしまったのだ。
カランコロン。
階下から来客を告げる音が聞こえ、紡木ははっと我に返った。特にクローズにもしていないから、またさっきのように客が来てしまったか。
慌てて階段を降りてみると、今日一日で目に馴染んだ体躯の青年が、恐縮したように立っていた。
「何度もすいません。そのぉ……、ケーキ屋をどうされるか気になってしまって」
少し猫背ぎみに頭を掻く片倉の姿は、塞いだ気持ちになった紡木を和ませてくれるようだ。
「いいところへ来てくれました。店のこと、前向きに考えてみたいと思います」
「出来た」
死んだくらいじゃ腕は落ちない。紡木は満足した気持ちで、仕上がったモンブランを見つめた。
今日のところは、これ以上洋菓子を作る予定はない。出来上がったふたつのモンブランのうち、ひとつは自分用、もうひとつは片倉に食べてもらうつもりで作った。
「片倉さん、来るかな」
考えておくと言っただけだから、今日はもう来ないか。ふと厨房のデジタル時計を見ると二月十五日の十九時を回ったところだった。霊界にも時間という概念はあるのだろう。
友成との待ち合わせは二月十四日の十九時だった。死んでから丸一日経ったということになる。
長いような短いようなよく分からない一日だった。友成は今どうしているだろう。紡木の死を悲しんでくれているだろうか。
未練。友成への思いは未練以外の何物でもない。未練を断ち切ることなんて出来ない。つまり紡木はずっとここに住み続けることになるだろう。
これからの長い年月を思って、紡木は声を上げそうになる自分の喉を手で押さえた。生きていた時は、たとえ報われない恋だとしても、逢瀬の時間さえあれば充分だった。けれど、この霊界に友成はいない。恋人に会えないまま日々を過ごすのは過酷だ。
思い入れのあるものにも色が戻る──片倉の言葉を思い出し、二階に上る。友成と写した写真にも色が戻っていた。
「良かった」
貝殻の写真立てをそっと手に取れば、修行時代のこと、友成と付き合い始めた日のこと、デートやスイーツ巡りをした日のことが脳裏に蘇る。
──本当に好きだったと思う。
師匠としても、恋人としても、友成に惚れていた。洋菓子界の重鎮のお嬢さんと結婚した時も、
「俺の心はずっと紡木だけだよ」
と言われて、心底喜びを感じたものだ。もともと同性同士の恋愛だ、他人に見せびらかすものでもないし、紡木はこの立ち位置で良いと納得していた。
少し困ったように笑う友成の顔と、スマホの自撮り画角を気にして変顔になっている自分。ふたりの時間は、写真立ての中と同じように永遠に止まってしまったのだ。
カランコロン。
階下から来客を告げる音が聞こえ、紡木ははっと我に返った。特にクローズにもしていないから、またさっきのように客が来てしまったか。
慌てて階段を降りてみると、今日一日で目に馴染んだ体躯の青年が、恐縮したように立っていた。
「何度もすいません。そのぉ……、ケーキ屋をどうされるか気になってしまって」
少し猫背ぎみに頭を掻く片倉の姿は、塞いだ気持ちになった紡木を和ませてくれるようだ。
「いいところへ来てくれました。店のこと、前向きに考えてみたいと思います」



