動画での説明で、紡木は自分の置かれた状況をようやく飲み込めた。

 霊界とは、生きていた時になんらかの未練を持っていた者が、その未練を断ち切れるまでの間住むところだという。
 なんの未練もなく死んだ人々は成仏して天界へ向かうが、解決出来ない未練があると、解決出来るまでこの霊界にとどまるんだそうだ。
 霊界庁は、その未練を解決するための援助対策も行ってくれるらしい。死んだあとにこんなシステムがあるなんて知らなかったな。紡木は感心した。

「動画の説明はこれで終わりです。お持ちになった書類に記入を済ませ、五番窓口で、霊界に居住するための住民登録を行って下さい」
 片倉が手元のバインダーを見ながら紡木に言った。紡木の情報が書かれているようだ。バインダーはあと三枚ほど手に持っていて、片倉が仕事に慣れていないことを物語っていた。

 あの人も死んでここにいるのか。どうして死んでしまったんだろう、俺よりも若いのに。
 記入台のボールペンを手に取りながら、別の利用者のもとへ走っていく片倉の後ろ姿に目を遣る。ガチャガチャとバインダーを取り落とす姿に、さっきの腹立たしさはすっかり消えていた。

 あらためて五番窓口で手続きを済ませる。生きていた時の未練が解決出来そうなら天界移籍課へ、支援対策が必要そうなら三番窓口へお越し下さいという言葉とともに、登録された住民票と説明が書かれた書類をもらう。
「天界へ移籍されるまでは、基本的には生きていた時と同じ生活になります」
「職業もですか?」
「はい、そうです。生活保障については霊界庁から一定の資金が投入されますが、働かれていた方は、今まで通りのお仕事を続けられることをおすすめします。ご希望でしたら就労相談課で相談も承りますよ」
 至れり尽くせりだ。紡木は礼を言って書類を封筒にしまった。生きていた世界での未練か。いったん家に持ち帰って考えよう。そう決めて霊界庁を出ようとした時だった。

「牧瀬さん、あのっ」
 背後から呼び止められた。忘れ物でもしただろうか、振り返ってみると、片倉が走ってくるのが見えた。あいつ、さっきからずっと走っているな。
「さっきは本当にすいませんでした!」
 大きな身体を二つ折りにして紡木に頭を下げる片倉においおい、と焦る。
「ちょ、ちょ、こんなところで謝られても。気にしてませんよ」
「本当ですか、よかった。やっとモンブランが食べられると思ったので、つい言葉が暴走してしまって……」
 そう言って恥ずかしそうに頭を掻く片倉の様子を見て、紡木の心の中に、この世界へ来てはじめてあたたかいものが通ったように感じられた。