「天界移籍の取り消し……ですか」
「新しい未練が出来た場合、霊界に残るのが筋だと思うんですけど」
「ですが、一度決まった勧告を取り消した事例は一度もなくて……みなさん、やはり成仏したいですしね。好き好んで霊界にいたいという方は……」
「ここにいるんです。霊界にいたい人間が」
「何とかなりませんか」
天界移籍課のスタッフは、前例のないことに困惑していた。紡木と片倉は、「上と相談してみますので、数日お待ち下さい」という言葉に深々と頭を下げて、席を立った。
「もしこれで反対されたら、霊界庁の上にある霊界裁判所に訴状を提出して、裁判で戦いますよ」
「ちょ、ちょっと待って。そんなことしたら片倉さんが霊界庁で働けなくなっちゃいませんか」
「牧瀬さんと会えなくなるより辛いことはないです」
「片倉さん」
こんな風に直球で思われたことなんてなくて、紡木は気持ちの置きどころに困る。今までずっと自分の気持ちは抑えてばかりだった。ただひたむきに、真っ直ぐ気持ちをぶつけてくれる片倉の存在が、紡木にとって霊界で生きる希望となっている。
「俺も戦います。片倉さんがいれば何でも出来そうな気がします」
パティスリー・プティジョア霊界店、オープン初日。商店街や霊界庁の入り口で片倉と配ったフリーペーパーやチラシが功を奏したのか、霊界で洋菓子店は珍しがられているのか、行列が出来るほど客が訪れた。
「すごい人ですね。俺はレジをやります」
「お願いします。もしかしたら途中で商品が足りなくなっちゃうかもしれない。誤算でした」
「そしたら、表の仕事は俺に任せて厨房に入って下さい。みなさんに牧瀬さんのケーキを食べてもらいましょう」
噂を聞きつけた霊界庁の職員や仕入先の農家さんもお祝いにかけつけてくれた。みんなで手分けして、商品の受け渡しや行列の整理なんかを手伝ってくれている。
霊界で片倉やみんなに助けられながら、再び自分の好きな洋菓子の店を開くことが出来た。
そうだ、のんきに成仏している場合ではない。俺は、この霊界でパティスリーをやっていきたいんだ。どんな手を使っても天界へは移籍しない。固い決意が胸いっぱいに広がる。紡木は足りなくなったモンブランを補充しながら、「いらっしゃいませ」と大きな声を張り上げた。
「オープン初日、お疲れ様でした」
ようやく営業時間が終わり、紡木と片倉は戦場のようになっている厨房を眺めた。材料を多く仕入れておいて良かった。紡木は途中から応援に来てくれた人たちに表を任せ、ひとり厨房でずっとケーキを作りっぱなしだった。
「大変でしたけど、良かったですね。売れ行き好調で」
「片倉さんが作ってくれたチラシを持って来てる人多かったです。みんなに知ってもらえて良かった。本当にありがとうございます」
「霊界のパティスリー、みんなきっと欲しかったんですよ。食べたら分かります。牧瀬さんのケーキは人を幸せにしてくれるから」
片倉の言葉が胸に沁みる。人を幸せにするケーキを作りたい。不本意で霊界に来てしまった人、受け止めきれない気持ちを持った人、そんな人が少しでも心穏やかになれるようなケーキを作りたい。紡木は心からそう思った。
「新しい未練が出来た場合、霊界に残るのが筋だと思うんですけど」
「ですが、一度決まった勧告を取り消した事例は一度もなくて……みなさん、やはり成仏したいですしね。好き好んで霊界にいたいという方は……」
「ここにいるんです。霊界にいたい人間が」
「何とかなりませんか」
天界移籍課のスタッフは、前例のないことに困惑していた。紡木と片倉は、「上と相談してみますので、数日お待ち下さい」という言葉に深々と頭を下げて、席を立った。
「もしこれで反対されたら、霊界庁の上にある霊界裁判所に訴状を提出して、裁判で戦いますよ」
「ちょ、ちょっと待って。そんなことしたら片倉さんが霊界庁で働けなくなっちゃいませんか」
「牧瀬さんと会えなくなるより辛いことはないです」
「片倉さん」
こんな風に直球で思われたことなんてなくて、紡木は気持ちの置きどころに困る。今までずっと自分の気持ちは抑えてばかりだった。ただひたむきに、真っ直ぐ気持ちをぶつけてくれる片倉の存在が、紡木にとって霊界で生きる希望となっている。
「俺も戦います。片倉さんがいれば何でも出来そうな気がします」
パティスリー・プティジョア霊界店、オープン初日。商店街や霊界庁の入り口で片倉と配ったフリーペーパーやチラシが功を奏したのか、霊界で洋菓子店は珍しがられているのか、行列が出来るほど客が訪れた。
「すごい人ですね。俺はレジをやります」
「お願いします。もしかしたら途中で商品が足りなくなっちゃうかもしれない。誤算でした」
「そしたら、表の仕事は俺に任せて厨房に入って下さい。みなさんに牧瀬さんのケーキを食べてもらいましょう」
噂を聞きつけた霊界庁の職員や仕入先の農家さんもお祝いにかけつけてくれた。みんなで手分けして、商品の受け渡しや行列の整理なんかを手伝ってくれている。
霊界で片倉やみんなに助けられながら、再び自分の好きな洋菓子の店を開くことが出来た。
そうだ、のんきに成仏している場合ではない。俺は、この霊界でパティスリーをやっていきたいんだ。どんな手を使っても天界へは移籍しない。固い決意が胸いっぱいに広がる。紡木は足りなくなったモンブランを補充しながら、「いらっしゃいませ」と大きな声を張り上げた。
「オープン初日、お疲れ様でした」
ようやく営業時間が終わり、紡木と片倉は戦場のようになっている厨房を眺めた。材料を多く仕入れておいて良かった。紡木は途中から応援に来てくれた人たちに表を任せ、ひとり厨房でずっとケーキを作りっぱなしだった。
「大変でしたけど、良かったですね。売れ行き好調で」
「片倉さんが作ってくれたチラシを持って来てる人多かったです。みんなに知ってもらえて良かった。本当にありがとうございます」
「霊界のパティスリー、みんなきっと欲しかったんですよ。食べたら分かります。牧瀬さんのケーキは人を幸せにしてくれるから」
片倉の言葉が胸に沁みる。人を幸せにするケーキを作りたい。不本意で霊界に来てしまった人、受け止めきれない気持ちを持った人、そんな人が少しでも心穏やかになれるようなケーキを作りたい。紡木は心からそう思った。



