紡木と恋人だった事実はこれで抹消された。友成は、顔色を変えることもなく仕事の続きを始めている。
紡木はヘッドフォンを頭から外した。電源が落とされ、黒一面になった画面をじっと見つめる。
不思議と凪いだ気持ちだった。恋人である友成ともう会えないことが未練だと思っていたのに、映像を見ても心が乱れることはなかった。
そうか、未練は解決出来ていたのか。紡木に「天界移籍勧告」が来た理由が分かった。霊界に来た時に持っていた友成への未練は、ここで過ごすうちに断ち切れていたのだ。
理由は分かる。片倉だ。片倉と一緒に開店準備をしていくうちに片倉のことを好きになり、その気持ちが紡木の中で大きく膨らんでいたからだ。
個室を出て、窓口のスタッフに未練が解決出来た旨を伝える。
「このまま天界移籍の手続きをされますか?」
「あ、いや……もし天界に移籍となったら、ここで出会った人とはどうなるんですか? 再会出来たりしますか?」
「いわゆる成仏ということになりますので、再会することは二度とありません」
「そうですよね。いったん気持ちを整理してからまた来ます」
店へ戻り、厨房に入る。片倉のおかげですべての材料が揃い、希望の品数を店頭に並べることが可能になった。片倉が顔を出すたびにモンブランを出せば、片倉はやったー!とガッツポーズで喜んでくれた。
片倉と一緒に悩んだり喜んだりする時間は楽しかった。揃わない材料を探しにいろんな農家を訪ねたり、新作の試作を食べてもらったり。ひとりだったら叶わなかった夢が、片倉と一緒なら叶った。
成仏してしまえば、それはもう叶わない。
栗を丁寧に裏ごししてペーストにする。さくさくと軽やかなメレンゲの上に泡立てた生クリームを乗せ、マロンペーストを丁寧に重ねていく。
片倉に食べてもらいたい。モンブランは、いつの間にか紡木の中で特別なものになっていた。
カランコロン。ドアベルが鳴って、「牧瀬さん、片倉です」という声が聞こえた。
「フリーペーパーとチラシ、刷り上がりましたので持ってきました」
「ありがとうございます。さっそく明日から商店街で配ります」
「俺も手伝います」
「え、だって霊界庁の仕事があるでしょ」
「有給取るので大丈夫です。やれること、全部やっておきたいし」
やれることは全部やる、それが終わったら──。
片倉と自分は未練を解決して、成仏する。そうしたらもう、二度と会えない。
紡木はヘッドフォンを頭から外した。電源が落とされ、黒一面になった画面をじっと見つめる。
不思議と凪いだ気持ちだった。恋人である友成ともう会えないことが未練だと思っていたのに、映像を見ても心が乱れることはなかった。
そうか、未練は解決出来ていたのか。紡木に「天界移籍勧告」が来た理由が分かった。霊界に来た時に持っていた友成への未練は、ここで過ごすうちに断ち切れていたのだ。
理由は分かる。片倉だ。片倉と一緒に開店準備をしていくうちに片倉のことを好きになり、その気持ちが紡木の中で大きく膨らんでいたからだ。
個室を出て、窓口のスタッフに未練が解決出来た旨を伝える。
「このまま天界移籍の手続きをされますか?」
「あ、いや……もし天界に移籍となったら、ここで出会った人とはどうなるんですか? 再会出来たりしますか?」
「いわゆる成仏ということになりますので、再会することは二度とありません」
「そうですよね。いったん気持ちを整理してからまた来ます」
店へ戻り、厨房に入る。片倉のおかげですべての材料が揃い、希望の品数を店頭に並べることが可能になった。片倉が顔を出すたびにモンブランを出せば、片倉はやったー!とガッツポーズで喜んでくれた。
片倉と一緒に悩んだり喜んだりする時間は楽しかった。揃わない材料を探しにいろんな農家を訪ねたり、新作の試作を食べてもらったり。ひとりだったら叶わなかった夢が、片倉と一緒なら叶った。
成仏してしまえば、それはもう叶わない。
栗を丁寧に裏ごししてペーストにする。さくさくと軽やかなメレンゲの上に泡立てた生クリームを乗せ、マロンペーストを丁寧に重ねていく。
片倉に食べてもらいたい。モンブランは、いつの間にか紡木の中で特別なものになっていた。
カランコロン。ドアベルが鳴って、「牧瀬さん、片倉です」という声が聞こえた。
「フリーペーパーとチラシ、刷り上がりましたので持ってきました」
「ありがとうございます。さっそく明日から商店街で配ります」
「俺も手伝います」
「え、だって霊界庁の仕事があるでしょ」
「有給取るので大丈夫です。やれること、全部やっておきたいし」
やれることは全部やる、それが終わったら──。
片倉と自分は未練を解決して、成仏する。そうしたらもう、二度と会えない。



