ふと、片倉が持ってきたフリーペーパーが目に入り、何気なくめくってみた。本当にこれが霊界なのかというくらい、いろんな情報が載っている。図書館や公園などの公共施設だけでなく、カフェや飲食店、個人商店なんかもある。みんな生きていた頃と同じ仕事をしたいと思っているのか。
 パラパラと読み進めるにつれて、紡木の住んでいる町からは遠いところの情報に切り替わる。キャンプ場、河川敷、農場に農園。

「これだ!」
 思わず紡木は大きな声を出した。
「どうしました、牧瀬さん」
「卸業者にこだわらなくても、農家さんに直接交渉すればいいんだ。すっかり頭が固くなっていたなぁ」
「なるほど、卵は養鶏場、フルーツは農園。考えてみればそうですよね」
「だけどこの地図を見る限り、だいぶ距離がありそうですけどね」
「そこは任せて下さい。霊界庁の職員は車を持っているので、休みの日に仕入れに行けますよ」
「そこまで片倉さんにお願いするわけには。貴重な休日を潰してしまいますし」
「何言ってるんですか。この店が霊界一のパティスリーになるなら、それくらい朝飯前ですよ」

 なるほど、この線で調べてみればヒットしそうだな。片倉がノートパソコンで検索をかける。
「米農家さんが兼業で小麦も育ててるらしいです」
「交渉してみる価値はありますね」
「いつ行きます? 俺、先方さんと連絡取って日取り決めておきますよ。今週の週末にでもいかがですか?」
「こっちはいつでも大丈夫です」
「決まりだ。うまくいくといいですね」

 紡木のスマホは壊れているので、片倉が連絡を取ってくれるのはありがたい。紡木のパティスリーを開店させるぞという片倉の強い意志のおかげで、紡木はまた一歩踏み出すことが出来る。

 初めて行く白いエリアを、片倉の車は安定感ある走りで駆け抜ける。週末、片倉がアポイントを取っておいてくれたいくつかの農家を車で回り、紡木は心躍る気持ちだった。
 寿命で霊界にやって来ても、まだ美味しいものを作り続けたいと願っている人々に出会った。丁寧に育てられた苺、餌にこだわった卵、弾力と風味を増すために改良された小麦。いいものに出会って、この材料を自分のケーキに生かしたい。そんな風に強く思えた出会いだった。
 繋いでくれたのは片倉だ。感謝してもしきれない。

「片倉さんのおかげです。本当にありがとうございます」
「何言ってるんですか。牧瀬さんのやる気が出会いを引き寄せたんですよ」

 帰り道はほんのりと色づいていた。紡木の記憶に上書きされたからだ。信号待ちをする片倉の横顔を紡木はちらりと見やる。
 片倉と一緒に過ごしている時間が、どんどん記憶に残っていくのが嬉しい。片倉の存在が、紡木の中で大きくなっていくのを感じていた。

 片倉が好きだ──。