突然の片倉の申し出に、紡木は面食らった。一緒になってパティスリーのことを考えてくれただけでも心強いのに、そこまでしてもらうのは申し訳ない。

「俺、実はずっと甘いもの好きってことを隠してたんです。見栄えが悪いと思ってたんですよね。男ひとりでケーキを食べに行くなんて大きな声じゃ言えないなんて思ってました。すいません、こんなの牧瀬さんに告白することじゃないんですけど」
「片倉さん……」
「モンブランを買うのもいつも人のいない時にこっそり買ったりして。だけど、牧瀬さんのモンブランを雑誌で見た時に、店を探してまで買いに行きたいと思ったんです、はじめて。その時の気持ちは今も忘れられません。未練に残るくらい牧瀬さんのモンブランが食べたかったんだなぁって」

 空を見上げながら爽やかに語る片倉の横顔は、懐かしそうにも切なそうにも見えて、片倉もまた意図せずして霊界に来てしまった人間なのだと、紡木はあらためて感じた。

「霊界に来て、こうやって牧瀬さんと出会えて、夢にまで見たモンブランを食べさせてもらった以上、俺も何かお返しがしたいです。牧瀬さんの手伝いをさせて下さい」

 片倉の意志の強いまなざしが紡木の心を射抜いた。パティスリーの手伝いをしたいと言っているだけなのに、何か別の思いにすり替えてしまいそうな自分に驚く。俺は片倉に対して何を思ったのか。
 ……いや、今は寄り道をしている場合ではない。片倉の申し出は、ひとりで霊界に来て途方に暮れていた自分にとってとても心強い。仕入先を探すのと並行して、パティスリーの開店に向けて準備を進めていける。
 パティスリー・プティジョア。小さな喜びという意味のフランス語だ。霊界に来た人にも小さな喜びを見出してほしい。紡木が片倉のおかげで元気が出たように、みんなにも元気を出してほしい。

「片倉さん、じゃあお願い出来ますか?」
「ぜひ! 今夜お伺いしますね」
 
 紡木が在庫している材料でいくつか試作を作っていると、片倉が霊界庁の仕事を終えて店にやって来た。
「霊界庁が発行しているフリーペーパーで、店の宣伝をさせてもらえることになりました」
「え、すごい。さっそくありがとうございます」
「俺、文章考えますね。牧瀬さん、いくつか質問に答えてもらえますか」
 片倉は背負っていたリュックから小さなノートパソコンを取り出してセッティングした。
 店名の由来、コンセプト、どういう商品が人気か、営業日などを片倉に聞かれるままに答えていく。霊界庁では慣れない仕事に四苦八苦しているようだが、こういった人に寄り添うような仕事は元来得意のようだ。生きていた時も、市役所で重宝されていたのだろうと推察される。

「ありがとうございました。まとめて文章にしたら、いっぺん牧瀬さんに見てもらいますね」
「こちらこそありがとうございます」
「あ、ケーキ、出来たんですか?」
「ええ、今日はガトーショコラ、スフレチーズケーキとシュークリームを。来店者数が読めないので、数は少なめにして売りきれそうな分だけ。フルーツを使ったケーキが作れないのは痛いな。あと卵や小麦粉なんかも数日で在庫が切れそうですね」
「やっぱり仕入先がネックか……」