目を開けてフォークを置くと、片倉は紡木の手を両手で包みこんで強く握った。突然のスキンシップに、紡木の胸が再び跳ねる。
「牧瀬さん! これです! 俺が食べたかったのはこのモンブランだ。ふんわい軽い生クリーム、栗の味がしっかり味わえるマロンペースト、土台のメレンゲは雪のように溶けていく。これです!」
「本当ですか? それなら嬉しいんですけど。……あのぉ、手をそろそろ」
「あっすいません。つい力がこもっちゃって」
慌てて片倉が、握っていた紡木の手を離し、恥ずかしそうに笑った。紡木も何だか気恥ずかしくなってしまう。
何を言えば分からなくなって、黙って自分の分のモンブランを口に運んだ。束の間、モンブランを味わうだけの時間が過ぎていく。
片倉はにこにこと幸せそうにモンブランを完食した。早い。
「飲み物入れますね。何がいいですか、コーヒー? 紅茶?」
「じゃあコーヒーを」
「分かりました」
厨房でお湯を沸かしてコーヒーを淹れながら、紡木は自分の心が満たされているのに気づいた。だれかの喜ぶ顔のために作る洋菓子。それが今の紡木にとってどれだけ大きいものか実感する。俺にはまだ洋菓子があると思わせてくれる。
片倉の未練にもなるくらいのモンブラン、本当に片倉は満足なのだろうか。
「片倉さんが食べたかったのは、本当にうちのモンブランなのかな」
コーヒーを差し出しながら聞くと、片倉は手を顎にあてて何かを思い出すような仕草をした。
「えっと、雑誌にはジョエとかジョなんとかって書いてありました。地図さえ頭に入っていればなんとかなるかなって」
「ジョなんとか」
思わずぷっと吹き出す。紡木のパティスリーの店名は petit joie だ。ジョなんとかで合っている。
「うちに来る途中の出来事だったんですね」
「一年前、自分の二十六の誕生日を祝おうと思って買いに行こうとしたんです」
「事故がなかったら、店で会えたかもしれないんですね」
「そうですね。皮肉なことに、霊界でお会いすることになりましたけどね」
本当だ。お互いに事故がなくて死ぬこともなかったら、生きている世界でモンブランを楽しんだだろう。片倉が常連になって、モンブランをちょくちょく買いに来てくれる未来図が浮かぶ。
しんどい時もあるけれど、洋菓子を作っている時は本当に楽しい。お客さんに喜んでもらえると、ああこの道に入って良かったなぁと思うのだ。
けれど、霊界に来てしまった自分にそういう未来はもうない。そんなことを思ってまた意気消沈しかけた紡木に、片倉の声が降ってきた。
「牧瀬さん、この店を霊界で一番のパティスリーにしませんか?」
「牧瀬さん! これです! 俺が食べたかったのはこのモンブランだ。ふんわい軽い生クリーム、栗の味がしっかり味わえるマロンペースト、土台のメレンゲは雪のように溶けていく。これです!」
「本当ですか? それなら嬉しいんですけど。……あのぉ、手をそろそろ」
「あっすいません。つい力がこもっちゃって」
慌てて片倉が、握っていた紡木の手を離し、恥ずかしそうに笑った。紡木も何だか気恥ずかしくなってしまう。
何を言えば分からなくなって、黙って自分の分のモンブランを口に運んだ。束の間、モンブランを味わうだけの時間が過ぎていく。
片倉はにこにこと幸せそうにモンブランを完食した。早い。
「飲み物入れますね。何がいいですか、コーヒー? 紅茶?」
「じゃあコーヒーを」
「分かりました」
厨房でお湯を沸かしてコーヒーを淹れながら、紡木は自分の心が満たされているのに気づいた。だれかの喜ぶ顔のために作る洋菓子。それが今の紡木にとってどれだけ大きいものか実感する。俺にはまだ洋菓子があると思わせてくれる。
片倉の未練にもなるくらいのモンブラン、本当に片倉は満足なのだろうか。
「片倉さんが食べたかったのは、本当にうちのモンブランなのかな」
コーヒーを差し出しながら聞くと、片倉は手を顎にあてて何かを思い出すような仕草をした。
「えっと、雑誌にはジョエとかジョなんとかって書いてありました。地図さえ頭に入っていればなんとかなるかなって」
「ジョなんとか」
思わずぷっと吹き出す。紡木のパティスリーの店名は petit joie だ。ジョなんとかで合っている。
「うちに来る途中の出来事だったんですね」
「一年前、自分の二十六の誕生日を祝おうと思って買いに行こうとしたんです」
「事故がなかったら、店で会えたかもしれないんですね」
「そうですね。皮肉なことに、霊界でお会いすることになりましたけどね」
本当だ。お互いに事故がなくて死ぬこともなかったら、生きている世界でモンブランを楽しんだだろう。片倉が常連になって、モンブランをちょくちょく買いに来てくれる未来図が浮かぶ。
しんどい時もあるけれど、洋菓子を作っている時は本当に楽しい。お客さんに喜んでもらえると、ああこの道に入って良かったなぁと思うのだ。
けれど、霊界に来てしまった自分にそういう未来はもうない。そんなことを思ってまた意気消沈しかけた紡木に、片倉の声が降ってきた。
「牧瀬さん、この店を霊界で一番のパティスリーにしませんか?」



