瞼越しに白い光が膨らんで、沈んでいた意識が浮上した。二、三度まつ毛が痙攣して、ゆっくりと目に力が入っていく。

 ここは、どこだろう。
 牧瀬紡木(まきせつむぎ)がまず思ったのは自分の所在だった。紡木が意識を失う数秒前、暴走したトラックが歩道に突っ込んできたのを目の当たりにしている。おそらく自分はあのトラックに轢かれている。するとここは病院だろうか。一命を取り留めた? あのスピードに巻き込まれて助かったのなら奇跡だろう。痛みすら感じた記憶はないのだから。
 そんなことをうつらうつらと考えながら眼球を動かしてみる。自分がベッドに寝かされていることは分かった。なんとなく覚えのあるあたたかさが身体を包んでいる。枕の高さも自分好みだ。
 まだ目が慣れていないのか、天井から白い光が降ってくるようで、あたりの様子はよく分からない。
 とにかく意識が戻ったことをだれかに知らせなければ。病院ならどこかにナースコールがあるはずだ。紡木はそっと手を動かしてみた。

 違和感を感じた。あまりにも簡単に動きすぎる。自分は大怪我をしているのではないのか? 点滴とか何やらのチューブがいろいろ付いているのではないか? 
 ナースコールのボタンを手で探ってみたが、どこにも見当たらない。紡木はたまらず身体を起こした。いつも通り。まるで事故に合う前の朝と同じような起床。
 上体を起こしてみて分かった。白い光に目が慣れないのではなくて、本当にすべてが白い。布団も枕も、天井も壁も。現実とは思えないほど真っ白だった。

「ここ……マジでどこだよ……」

 紡木は呆然とした。身体のどこを触ってみても、怪我をした様子はない。もちろん治療している痕跡もない。毎日仕事に出かける前と同じコンディションだ。
 違和感を感じたのはそれだけではなかった。布団の厚み。枕の硬さ。真っ白な色のせいで特徴が見抜けなかったが、手触りは間違いない。紡木の家の布団だ。通販で奮発したふんわり軽い羽毛布団に、いくつも試してようやく見つけた低反発の枕。どちらも紡木のお気に入りだから間違えようはない。

 どういうことだ、不審に思って再び部屋の様子に目を遣る。真っ白なクローゼット、真っ白な仕事机、真っ白なノートパソコン。真っ白な本棚に飾ってある真っ白な写真立て。
 見覚えのある形の写真立てだった。去年、恋人と一緒に水族館で買った、貝殻でデコレートされた写真立て。

 ここ……もしかして俺の家か?
 自分の置かれた状況が掴めないまま、紡木は呆然と布団を剥いだ。