パソコンを前にしてこれほど緊張したのは、初めてのとき以来だろうか。
 画面の向こうには、もう既に、何百人もの仲間が待ってくれている。こんなに応援してくれる人がいるのに、僕は彼らを待たせてしまった。
 活動を再開する最後の一歩となったのは、一通の手紙だった。今もそれは、手元にある。
 桜色の洋封筒に、桜柄の便箋。送ってくれた人は、桜が好きなのかもしれない。

 みぞれくんへ
 突然のお手紙でごめんなさい。
 私はみぞれくんが大好きで、いつも配信を楽しみにしていましたし、動画も全部見ていました。
 根拠のない誹謗中傷を受けて、どれだけ深い傷を負ったか、私には想像もできません。でも、みぞれくんが私たちリスナーにくれた愛の大きさや私がみぞれくんに抱いている想いの強さは、知っているつもりです。
 今、もしかすると、あなたは、暗い闇の中にいて、前が見えない不安な状態かもしれません。傷つくことが怖いのは当たり前で、私も怖いです。
 でも、みぞれくんがこのままいなくなってしまうことは、もっと怖いです。みぞれくんと出会ってから、早くも三年が経とうとしています。その間、私はつらいことや苦しいことも増え、現実に打ちひしがれそうになることもありました。けれどそんなときにもみぞれくんがいてくれたから、私は今日まで生きてくることができたのです。みぞれくんがいなかったら、どこかでいなくなっていたかもしれません。
 今私は、個人的には、好きな人ができたり、新しい友達ができたりと素敵な人たちに囲まれた日々を送れています。でも、ここにみぞれくんがいてくれたらもっと幸せなのにな、という思いを感じずにはいられません。もちろん、みぞれくんがつらい思いをしているなら、無理して活動してほしくないです。でも私は、ずっとあなたのことを待っています。きっと他のリスナーさんも同じ気持ちだと思います。
 だから、私たちが生きるためにも、いつかもう一度桜の花を咲かせてほしいです。みぞれくんが知らない誰かにどれだけ否定されていたとしても、私はみぞれくんにいてほしいし、みぞれくんのことを求めいます。
 みぞれくんがまた明るい姿を見せてくれるように、そして、健康に活動を続けられるように、直接声をかけることはできないけれど、ずっと応援しています。
 いつもありがとう。大好きだよ。
                    さつき

 桜の花を咲かせてほしい、という表現が独特で、気に入った。
 この手紙は、僕にとっていちばん大事なことを思い出させてくれた。たとえ名前も知らない誰かに否定されても、僕には自分を求めてくれるリスナーのみんながいる。
 だから、アンチに言われるがままに活動をやめるのではなく、待ってくれている人たちのために、続けようと思った。
 学校に馴染めず、ネットの世界へと逃げた高校時代。過去につらいことがあっても誰かに楽しいを届けるために明るく活動している人たちを見て、僕もこうなりたいと思った。そして、誰かを笑顔にするための僕なりのやり方ってなんだろうと考えた。その結果、自分と同じように悩んでいる人たちの居場所になることを決意した。
 居場所になるということ。それは、僕がここから消えると、僕を居場所にしてくれていた人たちの居場所がなくなるということで。それはとてもつらくて、悲しいことだ。
 僕を求めていない人からなにを言われようと、傷つかないわけがないけれど、関係ない。求めてくれている人に、癒しを届けたい。居場所であり続けたい。
 そのために、散ってしまった僕の桜を、もう一度咲かせてみせよう。
 桜だって、木がなくならなければ、何度でも咲ける。
 ――配信、開始。
「みんな、こんばんは、みぞれです。お待たせして、ごめんね」
 僕が誰かの居場所になっているだけじゃない。配信をしていると、僕も、ここが、リスナーのみんなが、居場所だと思える。
「そして、待っててくれて、ありがとう。今日からまた、みんなに癒しを届けられるように頑張ります」
 君が傷付いてしまったときに、君の心に光を与えられるように。
 いつか僕がいなくなったときも、君がこの世界を生きていけるように。