先生、好きになってもいいですか

「ね、せんせ」

今日も授業終わりに声をかけてきた。

最近は俺自身も声をかけられるのを待ってしまっている気がして良くない。

俺にとっては配慮をしなければいけない学生であり、レオにとって俺は気楽に接することができる先生であるはずだ。

今、感じている複雑な感情も特別な環境下に作りだされているものだと頭では分かっているのに、ほんの少しだけ何かを期待している自分に嫌気が差す。

多分、学生にぐいぐい来られて困っているという図式を俺は無意識に作り出そうとしているのだろう。

不可抗力だったから抵抗する余地がなかったと。

これだから大人はずるくて嫌になる。

「あぁ、レオか。今日はサボらず頑張ってたな」

「でしょ。オレ、超頑張ったでしょ。だからさ、先生、デートしようよ」

「は?」

「頑張ったご褒美にデートしてよ」

心臓が飛び出るかと思った。

「いや、デートって……女の子でも誘って行けよ」

パッと思い浮かんだ言葉が口から出ていった。

「はぁー?なんでぇ?オレ、せんせーとデートしたいんだけど」

「いや、だから何で俺とデートなんだよ」

「え?先生とデートしたいなーって思ったからに決まってるじゃん」

キョトンとして、心の底から俺が遠回しに何を言いたいのか理解できないようだ。

「俺とお前、10歳は離れてるし、俺は先生、お前は学生。先生と学生がデートなんてありえんだろ、倫理的に」

「じゃ、オレ学校辞めるわ」

「……なんでそうなんだよ。自分のこと大切にしろよ、適当なこと言ってないで」

若さゆえなのか、この後先を全く考えていない発言ができるレオがなんだか眩しく見えて、羨ましくなる。

「だって、オレ、先生とデートしたいもん」

「いや、だからデートって何の目的ですんだよ。仮にも男同士なのに」

「男同士でデートしたらダメなん?」

「いや、ダメじゃないけど……」

レオの言う通りだ。

男同士でデートをしてはいけないなんてことはない。

「じゃ、いいじゃん」

「男同士とか以前に、お前は学生、オレは先生だからダメなの!」

「……だから、それなら学生辞めるってばー」

(俺とデートできないなら学校を辞めるなんて、どんな思考回路してんだよ、こいつは。もはや脅迫だろ、こんなん)

前から薄々思っていたが、俺はこいつに振り回されすぎている。

「そんなもん天秤にかけるな、ばかたれ」

「じゃ、デートする?俺、ほんとに辞めちゃうよ?」

レオは俺の目の前にピラっと退学届を差し出した。

「どっから出てきた、その紙!」

「ん、元々持ってる。いつでも辞められるように」

よく見ると名前も記入されていて、あと何項目か追加で記入すれば手続きを進められる状態になっている。

不可抗力……。

この言葉が頭をよぎる。

理性でなんとか踏みとどまっている。

この不可抗力に負けて、誘いに乗ってしまいたくなる。

ダメだと思えば思うほど、脳内から不可抗力の文字がこびりついて離れない。

「……だ、めだ」

「どっちが?」

「大学辞めるのも、デートするのもだ」

「ふーん、じゃ先生のせいで大学辞めますって書こ」

完全に追い詰められている。

どの道を選んでも詰みな気がしてならない。

「レオ。適当なことをしたらダメだ」

「さっきからダメしか言わないじゃん。オレ、もっと先生のこと知りたいの」

「はぁ……大学以外の場所で、たまたま、偶然、出会したら飯奢ってやるよ。これで我慢してくれ」

「え?いいの?」

退学届を持ったまま顔を輝かせている。

「しゃーなしな。たとえお前が誘ったとしても、俺とお前が一緒にいたら俺は完全にアウトで、職も失うし、社会的にも死ぬ。だから、俺の立場もわかってくれ」

こんな言い訳ずるいと思う。

デートする気が無いならないで、はっきりと伝えれば済む話なのに、含みのある言い方をしてしまう。

「しゃーないなあ。じゃ外で偶然を狙いますか」

引き下がったのか、戦略を変えたのかわからない様子を見て、ほっとしてしまった。

それにしても、レオの言うデートは言葉そのままの意味なのか、ただ遊びに行こうという誘い文句なのか言及するのはやめておいた。

もし、恋愛感情を含むデートという意味であれば、きっと引き返せない。