先生、好きになってもいいですか

山崎とは、週に1度の授業で会う以外に接点がない。

それでも他の学生と比べたら、気にしなければいけない点が多々ある。

毎回授業終わりに体育館の床に寝転がっている山崎に俺から声をかけて、体調の確認をして雑談をした。

授業の回数を重ねるにつれ、たわいもない雑談は山崎は理想のデートは何だとか、年の差は何歳まで許されるかとか、俺に恋人がいるかとか、恋人にはリードされたいタイプなのかとか、俺の恋愛観について尋ねてくることが増えていた。

山崎も年頃の男だから色恋に興味を持っても不思議ではない。

ただ、こうした話に興味があるだけなのか、俺に興味があるのか見分けづらい。

 そうした中、授業は7回目を迎え、前期が終えるまで折り返し地点に差し掛かっていた。

「あのな、授業中に具合悪かったら、俺にひとこと言ってから休めって言ってるだろ。周りの目からお前を守るためにもなるんだぞ」

「んーわかってるってー」

「わかってないだろ。別に遠くからでも俺に合図出せばいいんだからさ」

「別にオレは周りに何て思われてても気になんないし」

子どものように屁理屈を並べる山崎は、俺に言われてる意味を本当に分かっていないし、分かろうともしていない。

座学とちがう実技だからこそ、自分1人の好き勝手が受け入れられることはない。

どうしてあいつだけとか、急にサボりだして……と招かなくて良い誤解をわざわざ招く必要はないはずなのに。

山崎自身のためだというと、毎回そんなことどうでもいいと山崎は不貞腐れてしまう。

「お前が良くても周りも心配になるだろうし、俺も心配になるからやめろ。ある程度のルールには従ってくれ」

俺は何度も何度も、同じ言葉を繰り返す。

「へいへい。せんせーは困らせたくないから、そうしますよ」

さすがに諦めたのか、山崎はため息をつきながら返事をする。

「おう。よろしく頼むな」

これで山崎の立場を守ってやれると安堵した。

それと同時に、何だかんだ懐いてくれて嬉しい気持ちも大きく膨らんだ。

「もう授業も折り返しだからな、残りも頑張ってこいよ。山崎、今順調に来てんだから」

「あのさ、山崎じゃなくて玲央。レオって呼んでよ」

唐突なお願いだった。

「いいけど……」

内心、戸惑った。

ここ最近ずっと互いの恋愛について話していたから、急に山崎が恋愛対象の範囲に入ってくるような感覚がした。

別に山崎にとって名前呼びは深い意味を持たないのかもしれない。

でも、俺にとって理由もなく名前で呼ぶことは山崎の存在を特別だと認めるようなものだ。

それは俺の中にある学生に分け隔てなく接する完璧な先生像が崩れてしまう感じがする。

それに、特別扱いをすると後々まずいのではないかと本能的に不安になった。

「いいけど、授業中は呼ばんからな」

すぐに中途半端なことを言ってしまったと気がついた。

むしろ、授業内と授業外で呼び方を変えるなんて変だ。

特別な扱いをしてますと自ら言っているようなものだと思い、訂正しようとする。

「やった。レオって呼んで、今!レオって」

嬉しそうに名前で呼ばれるのを待つ姿を見て、訂正しなければいけない気持ちと、訂正されてショックを受けている姿をとっさに天秤にかけてしまう。

(あぁぁ。やっぱり無しなんて言えない)

ショックを受けている姿を見たくないという気持ちを優先してしまった。

「……レオ」

ボソッと小さな声でつぶやいた。

「っふふ。ありがと、せんせ」

なぜか嬉しそうにするレオを見ると、胸が痛く締め付けられた。

多分、このままレオに距離を詰めさせてはいけない。

適切な距離を保たないと。