「綺麗だね」


一通り館内を回り終わり、最後に出口近くのたくさんのクラゲが泳いでいる水槽で囲まれた部屋に来ていた。

中には細長いベンチが真ん中に置かれているだけで人は誰もいなく、私と小野寺くん二人きりの空間となっていた。


「知ってる?クラゲって体の約90%が水分だから、ほとんどのクラゲって死ぬと溶けて消えちゃうんだって」

「え、そうなの?じゃあこんなにたくさんいると、どれか一匹死んじゃっても誰も気づかないのかな…」


今ここにいるクラゲのどれかが、明日起きた時には消えていなくなっていることもあり得るということだ。

こんなに儚くてずっと眺めていられるほど綺麗だというのに、死に方がとても残酷だったなんて知らなかった。


「誰にも知られないまま消えていくなんて、寂しいよな。こいつらはたしかに今、俺たちの目の前にいるのに。突然消えたら、そもそも本当に存在していたのかすらわからなくなる。イマジナリーだったんじゃないかって、疑ってしまうかもな」

「…生きていたのに、なかったことにされるのは私だったら悲しい。もしも私がクラゲだったら、小野寺くんと付き合っていた奇跡みたいな毎日も、今こうして隣に座ってクラゲを眺めているこの時間も全部なかったことになるんでしょ…?そんなの耐えられないよ。私は小野寺くんと一緒にいるこの瞬間だって一秒たりとも忘れたくない」


もしもの話だというのに、なぜか視界がじわりと滲み涙がこぼれ落ちた。

慌てて小野寺くんに隠すように両手で顔を覆い、そっぽを向く。

キス現場を見てしまってからずっと胸の中がモヤモヤとして不安で、絶対のないこの先が怖くてもう限界だった。

こんな醜い私を小野寺くんに見せたくなかった。