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 目を覚ますと鼻につく消毒の匂いがする。目の前にはもう三日、目を覚まさない高見さん姿がある。
 俺は事故にあったその日に目を覚ましたが、彼女は未だに目を覚まさない。あの日の守りきれなかったことへの後悔が残る。
 目を覚まして、ベッドから動けるようになった昨日から彼女の病室を訪れているが彼女の様子は変わることはない。ずっと言えなかった好きという言葉を、今になって何度も伝えている。目を覚まさない彼女には聞こえていない。

「お願い。起きて」

 情けない声で呟くと彼女の左手がピクリと動く。これまでになかった反応に、必死に彼女に声を変える。

「高見さんっ!」

 名前を呼ぶとゆっくり目を開けた。まだ痛む体を素早く動かしてナースコールを押すとすぐに医者は来てくれた。

「高見さん。おはよう」
「和泉くん……」

 検査を終えた彼女はまだ少しぼーっとしている。二人きりにしてもらった病室で彼女を見つめる。

「俺には高見さんが必要なんだ。高見さんのおかげでいまがある」
「でも……」
「一緒に生きてほしい。一緒に生きよう」

 彼女に伝えなくてはいけないこと、彼女と共に生きたいということ。彼女はまだ硬い笑顔だが、流す涙はきっとあたたかいものだ。

「一緒に、生きたい」
「うん、生きよう」
 
 彼女が口にしたこの言葉はきっと本心だ。生きたいと、一緒に生きたいと願ってくれている。

「高見さん、好きだよ」

 何度も伝えたかった、タイムスリップしてから何度も届かなかった言葉を口にする。彼女は目を見開いて、きれいな涙を流す。

「うん、私も」

***

 二人が目を覚まして、全てが思い通りの世界になった訳ではない。変わることのない現実があって、あのタイムスリップは過去も未来も変えられない。
 実際、高見さんの病院に彼女の両親が現れることはなかった。彼女が目を覚ます前から一度もその姿を見ていない。
 しかし、その代わりに彼女の祖父母が病院を訪れた。これから彼女は祖父母の家で暮らせるように話を進めているらしい。きっと、これから彼女はもっと幸せに暮らしていけることだろう。
 いつか、彼女が棄てられるなんて不安を一切感じなくていいように生きていけることを願っている。

 あの日の君に伝えたい――