「すごいね」「私なんて全然だよ」「ごめんっ」

 なぜそんなふうにへりくだるのだろう、と疑問に思った。肩につくくらいの髪を揺らしながら、ぺこぺこと頭を下げている女子──サキを見つめる。

 成績優秀者で、綺麗な顔立ちをしていて、男子間でひっそりと人気のある人物。そんな彼女は、いつも自分の周りの人間を過剰に褒めては、おどおどして周りのようすをうかがっている。

 彼女はどうしてそうなってしまったのか。何が彼女をそうさせたのか。

 最初は本当に興味本位。休み時間や移動教室、数学のグループ替えの時に気にするようになって、そうしたら、気づけば目で追うようになっていた。

 どうにかして接点を持ちたい。どうやったら自然に関わりが持てるだろうか。

 考え抜いて出た答えは、テスト返却の時に声をかけることだった。ただ、お世辞にも俺の点数は高いとは言えない。むしろクラス平均を下げているような点数ばかりとっているから、こんなの恥ずかしくてサキに見せることなんてできない。

 だから必死に勉強して、30点台だった数学を70点台まで引き上げた。返却されたテストを見て、これならいけるとサキに声をかける。


「テスト見せ合わん?」


 いいよ、と笑った彼女が振り返る。肩までの髪がさらりと揺れる。

 せーの、と広げたテストは、俺が78点で、サキが86点。

「うわ高ぇ」

 だろうな、と思った。もちろん悔しかったけれど、本気で勝とうとしていたわけではないし、テストなんて話しかけるための口実でしかない。
 だから全然気にしていなかったし、むしろ猛勉強でいつもの二倍の点数がとれただけ上出来だ。


「すごい。高いね」


 サキがふにゃ、と相好を崩す。その瞬間、俺の中でパチンと何かが弾けた。

 なんでそうやって、俺の顔色までうかがうのだろう。どうして無理やり俺を褒めたりするんだろう。高いね、なんて、自分の方が高い点をとっているくせに、どうしてそんな物言いをするのだろう。


「お前、褒めとけばいいと思ってんだろ。あんま舐めんなよ、俺のことも──人のことも」


 気づけば言葉が飛び出していて、しまった、とその言葉の強さに気がついたのは、サキが青ざめた後だった。


「……ご、ごめんなさい」

 ほら、やっぱり言葉が強すぎた。いつもびくびくしている彼女にかけるには、絶対に鋭すぎた言葉。

 サキはいつも、周囲を見ながら過剰にへりくだって生きている。そんな彼女を傷つける何かから、守ってやりたい。
 彼女が自分で自分を守れるようになるように、隣で支えてやりたい。


「別に謝ってほしいわけじゃなくて。ただ俺は、そんな思ってもない賞賛されるよりも、勝ったよっしゃ購買のパン奢れ、くらい思ってるサキも見てみたいなってだけ」


 周囲なんて気にせず、笑っていてほしい。自慢したって偉そうにしたって、俺はサキを嫌ったりしない。むしろ、正直に喜んでいるサキを見たいとさえ思う。


「サキ。無理して褒めなくたって、コミュニケーションはとれるよ。意味なく煽てんなよ。そんなことしなくても、大丈夫だから」
「……ありがとう、田中」
「でもテスト負けたのはシンプルに悔しいな。次は勝つから、宣戦布告しとく」
「……田中、購買のパンよりも自販機のメロンソーダがいい」
「あーね? 買ってきますとも」


 徐々に明るい顔をするサキの目に、光が入り込む。きれいだ、と思った。

 俺、きっと、君のことが好きなのだと思う。君に話しかけるために努力しようと思った日から、興味本位で目で追うようになった時から、君を知りたいと思ったその瞬間から、俺はきっと。


──君のことが、好きなのだと、おもう。