行かないと本当に佐橋が家まで押しかけてきそうだったので、翌日はちゃんと登校した。
「おっ、羽島来たじゃん」
顔を合わせた佐橋は、どこかほっとしたような顔で俺の肩を軽く叩く。
他にも何人かのクラスメイトに、「久しぶり」とか「心配してたぞ」とかちらほら声をかけられた。ほんの数日休んだだけなのに、まるで、長いあいだ不登校だったクラスメイトが久々に登校してきたみたいな反応だった。
「……あ」
鞄を下ろし、席に座ろうとしたときだった。椅子の傍に髪の毛が落ちているのに気づいて、俺は腰をかがめた。
長い髪の毛だった。ゆるくカーブした、少し癖のある髪。黒ではなく茶色く染められた色をしている。長さや色的に、前の席の麻田のものだろうか。頭の隅で考えながら、俺はその髪の毛を拾う。そうしてブレザーのポケットに入れているビニール袋の中に、さっと放り込んだ。十本目、と心の中で呟きながら。
今日は電車にも下駄箱にも、よく落ちていた。
カサリと、ポケットの中でビニール袋が擦れて音を立てる。
それだけで鼓動がかすかに速まり、体温が上がる。喉の奥が渇く。
――変わらない。
自分の身体のそんな反応に、俺はまた突きつけられる。
紗子がいなくなったことで〝それ〟も終わるのかもしれないと、俺は一瞬だけ期待した。
だけど本当に一瞬で、けっきょく紗子の葬儀の翌日にも、俺は髪の毛を拾っていた。ほとんど条件反射みたいに、見つけたそばから手を伸ばしていた。
はじめて紗子の部屋で、紗子の髪の毛を拾ったときのように。
一限目は数学だった。黒板の前で、先生が平方根を含む計算のやり方を説明している。
俺は真っ白なノートを眺めながらぼんやりとその声を聞いていたけれど、やがてそれにも飽きて、なんとはなしに視線を彷徨わせていたとき。ふと、誰も座っていない窓際の席が目に留まった。
前から二番目のそこは、紗子の席だった。
俺の席の斜め前にあるので、授業中もときどき目に入っていた場所。たいていそういうときの紗子は、黒板のほうなど見向きもせず、机に広げたノートに忙しなくシャーペンを走らせていた。なにかの絵を描いているのはすぐにわかった。間違いなく、板書を書き写している手の動きではなかったから。
――もう少しで、完成しそうなんだよね。
うれしそうな笑顔でそう言った紗子の声が、ふいに頭の中に響く。
あれはほんの、三週間前のことだった。
――私の最高傑作。完成したら、侑ちゃんにも見せたげるね。
がたん、と耳元で音がした。
俺の座っていた椅子が立てた音だと、一拍遅れて気づいた。
前を見ると、先生がチョークを持った手を止め、こちらを見ていた。
「どうしましたか、羽島くん」
前方の席に座っているクラスメイトも、一斉に振り向いて俺のほうを見る。俺はその視線を避けるように顔を伏せると、短く告げた。
「気分が悪いんです」
「おっ、羽島来たじゃん」
顔を合わせた佐橋は、どこかほっとしたような顔で俺の肩を軽く叩く。
他にも何人かのクラスメイトに、「久しぶり」とか「心配してたぞ」とかちらほら声をかけられた。ほんの数日休んだだけなのに、まるで、長いあいだ不登校だったクラスメイトが久々に登校してきたみたいな反応だった。
「……あ」
鞄を下ろし、席に座ろうとしたときだった。椅子の傍に髪の毛が落ちているのに気づいて、俺は腰をかがめた。
長い髪の毛だった。ゆるくカーブした、少し癖のある髪。黒ではなく茶色く染められた色をしている。長さや色的に、前の席の麻田のものだろうか。頭の隅で考えながら、俺はその髪の毛を拾う。そうしてブレザーのポケットに入れているビニール袋の中に、さっと放り込んだ。十本目、と心の中で呟きながら。
今日は電車にも下駄箱にも、よく落ちていた。
カサリと、ポケットの中でビニール袋が擦れて音を立てる。
それだけで鼓動がかすかに速まり、体温が上がる。喉の奥が渇く。
――変わらない。
自分の身体のそんな反応に、俺はまた突きつけられる。
紗子がいなくなったことで〝それ〟も終わるのかもしれないと、俺は一瞬だけ期待した。
だけど本当に一瞬で、けっきょく紗子の葬儀の翌日にも、俺は髪の毛を拾っていた。ほとんど条件反射みたいに、見つけたそばから手を伸ばしていた。
はじめて紗子の部屋で、紗子の髪の毛を拾ったときのように。
一限目は数学だった。黒板の前で、先生が平方根を含む計算のやり方を説明している。
俺は真っ白なノートを眺めながらぼんやりとその声を聞いていたけれど、やがてそれにも飽きて、なんとはなしに視線を彷徨わせていたとき。ふと、誰も座っていない窓際の席が目に留まった。
前から二番目のそこは、紗子の席だった。
俺の席の斜め前にあるので、授業中もときどき目に入っていた場所。たいていそういうときの紗子は、黒板のほうなど見向きもせず、机に広げたノートに忙しなくシャーペンを走らせていた。なにかの絵を描いているのはすぐにわかった。間違いなく、板書を書き写している手の動きではなかったから。
――もう少しで、完成しそうなんだよね。
うれしそうな笑顔でそう言った紗子の声が、ふいに頭の中に響く。
あれはほんの、三週間前のことだった。
――私の最高傑作。完成したら、侑ちゃんにも見せたげるね。
がたん、と耳元で音がした。
俺の座っていた椅子が立てた音だと、一拍遅れて気づいた。
前を見ると、先生がチョークを持った手を止め、こちらを見ていた。
「どうしましたか、羽島くん」
前方の席に座っているクラスメイトも、一斉に振り向いて俺のほうを見る。俺はその視線を避けるように顔を伏せると、短く告げた。
「気分が悪いんです」



