僕は、直ぐに伯爵に駆け寄って声をかけました。
 伯爵の腹部からの出血はシアちゃんの治療で止まっているみたいだけど、出血量が多いからまだ顔色が悪かった。

「伯爵様、大丈夫ですか?」
「うう、な、何とかな。子爵殿には、迷惑をかけた。何とか妻を止めようと思ったが、私には無理だった……」

 伯爵は、かなり悔しそうな表情をしていた。
 妻を何とか止めようと頑張ったんだけど、結局妻は自分の欲望を止められなかったんだ。
 結果として、伯爵の妻は穢れた血を飲んで魔獣化してしまった。
 更に僕の浄化魔法を受けて、しなしなのおばあちゃんみたいに変わり果ててしまった。

「皆の者、王女殿下と子爵殿の指示に従うように。一切の責任は儂にある。妻を止められず、王城への報告も遅れたのだからな」
「「「はっ」」」

 伯爵は、担架に乗せられて自室に運ばれる際に使用人に捜査に従うように指示を出していました。
 報告が遅れたとはいえ王城には連絡が入っていて、僕たちも優先度の高いところから強制捜査をしていたから伯爵が全て悪いわけではありません。
 とはいえ、伯爵夫人が暴走しかけたのは間違いないので、それなりの処罰を受けることになりそうです。
 ここからは、手分けして対応します。
 また僕が暗黒杯から魔石を取り出す作業をして、その他の面々で証拠品の押収を行います。

「アンアン!」

 シュイン、バシッ!

「うお、何だ何だ!?」

 今回は、先に屋敷内にいる伯爵夫人の関係者を捕まえる事にしました。
 クロちゃんが反応した使用人を、シアちゃんが拘束魔法で縛りあげました。

「こちらの方も、奥様に近い使用人になります」
「ある意味、とても分かりやすいわね。捕まえたのは、全員伯爵夫人に関係がある者だわ」

 先ほど執務室にも駆け付けた使用人が、エミリーさんに捕縛した使用人の説明をしていました。
 実は怪しい使用人を伯爵がリストアップしていて、優先的に確認していました。
 更に、伯爵夫人に関する書類も纏められていて、一部は既に王城に送られているそうです。
 ここまで伯爵が色々とやっていれば、情状酌量の余地がありますね。
 そのおかげであっという間に強制捜査が終わったので、僕たちは追加で二つの貴族家の捜索をしてから王城に帰りました。

「うーん、あの伯爵はどんな気持ちで自分の妻の罪を問い詰めたのでしょうか……」
「貴族は恋愛結婚は殆どないとはいえ、長年連れ添った妻なのよ。伯爵にとっても、きっと苦渋の決断だったはずだわ」

 王城で昼食を食べながらさっきの伯爵の事を思わず口にしちゃったら、シャーロットさんも難しい表情をしながら返事をしてくれました。
 そういえば、伯爵も邪神教にはまった妻を何とかしようとしていたって言っていたもんね。

「ナオ君はとても優しいから、きっと伯爵の様に何とか妻に更生して貰いたいと思うはずよ。でも、どうしても物事には限界があるわ。エミリーも、今回の件を改めて教訓にして自分を戒めるのよ」
「お祖母様、私はナオの信頼を裏切ることは決してしないわ。でも、裏切られた伯爵の苦しみを見ると、本当にお互いに信頼しないといけないのだと改めて思いました」
「ナオ君とエミリーはまだ成人前だけど、今回は非常に良い経験をしたわ。機会があったら、あの伯爵から話を聞くといいわ」

 シャーロットさんは僕とエミリーさんに伯爵と話をする事を勧めたけど、どっちにしても伯爵から事情を聞かないといけないんだよね。
 伯爵は妻にお腹を刺されて治療したばっかりだから今日は絶対安静だけど、明日以降で時間を作って事情を聞くようにしよう。
 そして、エミリーさんが通信用魔導具をポチポチと操作しているのを見て、陛下はある事を僕に話してきました。

「そろそろ、ナオにも通信用魔導具を渡そう。それだけの働きをしていれば、もう必要だ。ちなみに、スラちゃんはもう持っているぞ」

 えっ、スラちゃんって通信用魔導具を持っているの?
 僕としては、陛下から通信用魔導具を渡そうと言われた事よりもビックリしました。
 ちなみに、午前中の対応で強制捜査が必要な貴族家への初期段階の捜査は終わり、午後からは既に初期段階の捜査を終えたところに行って詳しい捜査をするそうです。

「「ぶー!」」
「ほらほら、二人とも頬を膨らませながらすねないのよ。ナオ君とエミリーは、お仕事がまだあるのよ」
「「むー!」」

 今日はこのまま貴族家への捜査で一日が終わりそうで、僕とエミリーさんと遊ぼうと思っていたアーサーちゃんとエドガーちゃんが物凄く不満そうにしていました。
 マリアさんが苦笑しながら膨れっ面の二人に説明をしていたけど、当の二人は納得しなさそうですね。