スラちゃんが教会に戻ってきたタイミングで、僕たちは一旦撤収することになりました。
 もちろん、怪しい建物周辺には兵による監視をバッチリとつけます。

「あと、あの教会へも監視をつける。シスターは、何かしらのことを隠している」

 馬車の中でヘンリーさんが話をしてくれたけど、僕たちと話をしたシスターさんも怪しいと感じていたみたいです。
 でも、クロちゃんとギンちゃんもシスターさんは問題ないと思っているみたいですね。
 その辺りは、ヘンリーさんが色々と手を打ってくれるそうです。

「じゃあ、ゆっくりと休んで。夕方迎えにくるよ」

 オラクル公爵家に到着した僕たちは、王城に向かうヘンリーさんを見送りました。
 ナンシーさんは、王城に行ってブレアさんと会うそうです。
 屋敷に入った僕たちは、迎えてくれたレガリアさんに事情を話します。

「あら、そうなのね。じゃあ、お昼寝をしておいた方がいいわ」
「一緒に寝るー!」

 レガリアさんと一緒に出迎えてくれたセードルフちゃんも、僕とのお昼寝をご所望です。
 多分、ルルちゃんも一緒にお昼寝をするのかな。
 そんなことを思いながら、昼食を食べてエネルギー補給しながらひと休みをしました。

「じゃあ、行ってきます」
「夜だから、十分気をつけてね」
「いってらっしゃーい」
「あー!」

 夕方になって、ヘンリーさんが迎えに来てくれました。
 僕は、見送りに来てくれたイザベルさん、セードルフちゃん、ルルちゃんに手を振って馬車に乗り込みました。
 そして、再びスラム街にある小さな教会に向かいました。
 すると、教会の中に入るとあの若いシスターさんと背の高い若い男性が言い争いをしていました。

「兄さん、捕まる前に逃げて!」
「それは出来ない、というか無理だ。各地のスラム街にあった拠点も、軒並み壊滅させられている」
「でも……」

 どうやら、あの背の高い男性はシスターさんのお兄さんで、この小規模スラム街にある犯罪組織の構成員みたいです。
 でも、クロちゃんとギンちゃん曰く、そこまで悪い人じゃないみたいですね。
 すると、ヘンリーさんが僕たちの一歩前に出ました。

「本当に難しいものだな。育った環境の問題で、先のあるものも犯罪組織に入らないとならないから」
「ヘンリー殿下!」

 シスターさんが、ヘンリーさんの姿を見てかなり焦った表情に変わりました。
 シスターさんは、僕たちから何とかお兄さんを逃がそうとしていたんだね。
 でも、罪を償わないのは悪いことだし、シスターさんのお兄さんもその事は分かっているようです。

「まあ、俺たちきょうだいは生きる為には様々なことをしないといけなかった。死ぬわけにはいかなかったからな」
「私も、スラム街の犯罪者を取り調べるうちに、望まぬのに犯罪に手を染めたものや当たり前のように犯罪に手を出していたものを多く知った。本当に、その点は申し訳ないと思うよ」
「とはいえ、程度の差はあるにしろ、誰もが犯罪に手を出している。もちろん俺もだ」

 シスターさんのお兄さんは、もうしょうがないといった感じで手を広げて肩をすくめていました。
 そして、あることを話しました。

「俺はこんな状態になっちまったが、せめて妹には真っ当な道に進んで貰いたいと思った。だから、神職の道に進めたんだ。なのに、この馬鹿はまたスラム街に戻って来ちまったんだよ」
「そりゃそうでしょう! 私だって、兄さんのことが心配だったんだから。兄さん自身が人殺しに手をつけていないとはいえ、いつか誰かに殺されるのではないかって思っていたのよ……」

 シスターさんは、涙を堪えられずにいました。
 そんな目の前で嗚咽する妹の頭を、シスターさんのお兄さんはポンポンと軽く撫でていました。

「お前は本当に昔から泣き虫だな。だから、俺も本当に心配で堪らないんだよ。でも、お前は本当によく働いている。だから、そろそろ俺も妹離れしないといけないと思っているんだ」
「うう、兄さん……」

 シスターさんは、お兄さんに抱きついて胸元に顔を埋めていました。
 そんなシスターさんを、お兄さんが優しく抱きしめていました。
 すると、スラちゃんがちょいちょいとあることを話しました。

「えっ? シスターさんのお兄さんが所属していた犯罪組織をもう潰してきた?! シスターさんのお兄さんは運搬役しかやっていないから、そこまで重い罪にならない?!」

 スラちゃんの報告に、僕だけでなくシスターさんも思わずポカーンとしちゃいました。
 というか、スラちゃん電光石火の早業ですね。
 話を聞くと、爆発する魔導具がないかを確認して拠点ごとエリアスタンを放ったそうです。
 なので、あとは兵が犯罪者を捕まえて証拠品を押収するだけだったそうです。

「ははは、もう組織を潰すとはな。それじゃあ、俺もお縄につくしかないな」
「まあ、数年の強制労働刑は避けられないだろうが、そのくらいで終わるはずだ。そうしたら、必ず妹に会いに行くように」
「おお、王子様からの命令とあっては必ず実行しないといけませんな。刑期を終えたら、もちろん妹に会いにいきますよ」

 シスターさんのお兄さんは、自ら兵の前に進み出て拘束されました。
 ヘンリーさんが言う通り、僕たちもそこまで刑期が長くなるとは思っていません。

「兄さん!」
「このまま逃げていたら、いつまで経っても俺は真っ当な人間にならねえ。今回のはいい機会なのかもしれないな」

 シスターさんのお兄さんは、後ろを振り返ることなく兵に連行されていきました。
 教会を出ていくお兄さんの後ろ姿を、シスターさんはただ見守っているだけでした。