桜庭陽菜は、彼との時間が少しずつ彼女の心に変化をもたらしていることを感じていた。

彼の存在が、少しずつ彼女の中にあった孤独感を溶かし、深い悲しみや痛みが癒されていくような感覚を覚えることができた。

彼と一緒に過ごすひとときは、陽菜にとって何にも代えがたいものになり、

彼の歌声が心を静かに包み込み、どこか温かな場所に導いてくれるように感じた。

しかし、その心の中にはまだ残るものがあった。

過去に刻まれた傷や失ったものの重みが、陽菜の胸をわずかに押しつぶしていた。

それらの痛みは、消えることなく、どこかに確かに存在している。

しかし、それでも陽菜は彼と一緒にいることで、それを少しずつ受け入れていくことができるようになっていた。

痛みを完全に消すことはできない。

それでも、彼と過ごす時間の中で、痛みと向き合いながら生きる力を得ていった。

ある日、彼と過ごしたいつもの時間の後、陽菜はふと、自分の胸の奥に湧き上がる感情に気づいた。

「愛で満たされたい」という強い願いが、彼女の中で静かに膨らんでいた。

彼との関係が深まるにつれ、彼女はそれを強く求めるようになった。

それは決して悪いことではなかった。

むしろ、それが陽菜にとって大切な願いであり、心の中で求めるべきものだった。

しかし、同時にその愛は、陽菜にとって「傷に染みる」ものでもあった。

陽菜はその現実に、少しずつ気づき始めていた。

愛すること、心を開くこと、それは決して簡単なことではない。

愛されることを求める一方で、その愛に触れることで、自分の傷が再び疼くこともある。

過去に受けた痛みが、愛の中でさらに深く染み込んでくることを恐れた。

しかし、陽菜はその痛みを避けることはできないと理解し始めていた。

それが生きることの一部であり、愛し、愛されることが、痛みをも含んでいることを受け入れる時が来たのだ。

彼との時間が進むにつれ、陽菜は少しずつその覚悟を決めていった。

過去の傷に向き合い、それを抱えたままで前に進む覚悟を。

彼との愛を求めながらも、その愛が傷を再び深くすることがあることを知り、それでもなお愛を求める自分を受け入れていった。

それが、彼女にとって真実であり、ありのままでいることだと感じるようになった。

「痛みを抱えて、でも生きていく。」

陽菜は静かに心の中でその決意を固めた。

彼と過ごす時間がどれほど彼女にとって大切であっても、その中に潜む痛みが完全に消えることはなかった。

それでも、陽菜はそれを恐れずに歩み続ける覚悟を決めた。

彼と共に過ごす時間は、彼女にとって傷を癒すだけでなく、痛みと共に生きる力を与えてくれたのだ。

その覚悟を持つことで、陽菜は初めて「生きる力」を手に入れた。

そして、どんなに辛くても、その痛みを背負ってでも歩き続けることができるようになる自分を信じることができた。

それが、物語のクライマックスへと続く、大きな一歩だった。