渡り廊下を挟んで保健室の前の棟で英子と別れた私だったが、保健室に行く気は起きなかった。
「どうしよう、、、」
 私は力なく呟いた。
別に体調が悪いわけではないし、、、内心呟きながら、とりあえず保健室から遠ざかりたくて、そばにある階段を上がる。
そう言えば、この校舎には何があるんだろう。
頻繁に使う理科室などは教室のある棟と同じ棟にある。
だが、この棟にはまだ入学してから一回も入ったことがなかった。

階段を上がる。
三階まで上がると、音楽室と書かれたプレートを見つけた。
「音楽室、、、」
 私は何かに導かれるようにその扉を開いた。

 その扉の先には、立派なグランドピアノが教室の中央に置かれていた。
「ピアノ、、、だ」
 私は呟きながら一歩ずつピアノに近づいた。
ピアノはピアノでもグランドピアノだ。
発表会や駅ピアノなどでしかひくことができない。
「すごい、、、」
 私は鍵盤の上に指を滑らせた。
そして、ゆっくりと鍵盤を押した。

「っ、、、」
 私は思わず息を呑む。
とても綺麗な音がした。
私の大好きな、音だった。

指が勝手に鍵盤の上が動く。
綺麗なピアノの旋律が音楽室に響いている。
このまま、最後まで、、、。
そう思ったけれど、体が言うことを聞いてくれなかった。

「ッ!?」
 指が重くなり、息も荒くなる。
やっぱり、、、ダメだ。
自然と鍵盤を押す指が止まった。
音も、止まった。
震える手を見つめる。

弾けない、、、。
何度やってもダメだ。
でも、私は『普通の人』になりたいんだから、それで、、、。
だけど、、、。
私は何がしたいのか、全くわからない。
英子に、嫌になるようなこと、言ってしまったのかな、、、。
でも、嫌われた方が、1人で過ごすんだし、気が楽だよ、、、。
そう、きっと、そうだよ、、、。
私は心の中にあるものを吐き出すようにピアノに手を置いた。
途端に不快な不協和音が響いた。