「風奏、駅ピアノ、弾きに行こうぜ」
 練習の休憩中、千絃が唐突にそう言った。
「駅ピアノ?」
「あぁ。たまには場所変えるのも悪くねぇんじゃねぇか?」
「確かに。っていうか、私、行ったことないんだよね、駅ピアノ」
 駅ピアノ、駅に設置されているピアノ。
駅を利用する人々が旅の途中にふと立ち寄ったり、街に住む人々の演奏の憩いの場になったりしている。
私の街の近くにある駅ピアノは、立派なグランドピアノが設置されている。
一度弾きに行ってみたいと思っていたが、その駅に行くためには学校へ行くよりも数駅ほど離れていて行く機会がなかった。

「じゃあ、行ってみるか」
「うん!」
 私は笑みを浮かべ頷いた。

千絃も、私のために色々考えてくれている。
本当に、みんなには感謝しなければいけない。

しばらく電車に揺られ、駅ピアノのある駅へと降り立った。
「人多いね、迷子になりそう」
 この駅は街の交通の中心的な駅だ。
人が多く、比較的背の低い私は迷いそうになる。
おしくらまんじゅう状態で押されてころびかける。
「っと、気をつけろよ」
「、、、ありがとう。、、、ッ!?」
 横を歩く千絃がバランスを崩した私を支え、そのまま私の手を握った。
 いつも私の腕を引っ張るのに、優しく手を包んでくれた。
「、、、迷子になるから」
「ありがとう」
 ぶっきらぼうに言う千絃の耳は赤く染まっていた。
恥ずかしがり屋だな、と内心クスリと笑ってしまうが、不意に千絃の耳についているイヤホンが目に入った。

出会った時から、ずっと付いているイヤホン。
絶対に外そうとしない。
外さずに、日常を送っている。
この話題は変に嫌うし、私も聞きづらい。
千絃は何か、秘密を抱えている気がするのは、、、私だけなんだろうか。

しばらくエスカレーターを使い上に登った後、広場に出た。
「あ、ピアノだ」
 広場の中央にはグランドピアノがずっしりと佇んでいた。
ピアノへ足を踏み出そうとするとふと私は懐かしい声を聞いた。

「、、、ヒナ?」

「は?ヒナって、、、あの?」
 少し狼狽えたように千絃が言った。
「うん、、、何処かで、ヒナの声が聞こえた気がする」
 私はそう思った瞬間駆け出した。
「おい、風奏!」
 階段の上?
広場の近くに階段があり、そこから笑い声が聞こえた。
慌てて階段を上ろうとしたが、途中で足が止まってしまった。
「風奏」
「、、、やっぱり、、、会わない方がいい、、、よね。私が、傷つけたから」
「いや、、、」
「うんん!ピアノ、弾きに行こう?」
 私は無理矢理階段から背を向け、避けるように階段を降りた。