それから、私は毎日ルイスの Goodbye to you を練習する毎日が続いた。

「、、、そろそろ休憩すれば?」
 千絃の呆れた声が聞こえた。
「え?今、なんて?」
「、、、休憩すれば、って」

私はふと手を見つめる。
微かに震えている。
ずっと弾いているから疲労が溜まっているのだろうか。
でも、最初から最後まで弾けたことはまだ一度もなかった。

「やっほー!風奏ちゃん、歌合わせにきたよ!」
 元気な明るい声が聞こえた。
「海先輩!」
「どう?風奏ちゃん、どこでつまっちゃうとか、共通点とかはないの?」
「うーん、半分に分ければ後半っていうだけで、特には」
「そう、、、」
 海先輩にはいつの間にか私のピアノが弾けない原因の究明についても意見をもらうようになった。

「じゃあ、どうぞ」
 海先輩の掛け声に合わせ、私はピアノを弾く。
教室にGoodbye to you の伴奏が響き渡る。
「Goodbye to you 、、、、、、」
 発音も完璧な透き通るような歌声で海先輩は歌い始めた。

先輩の歌声は本当に綺麗で、聴いている私がうっとりとしてしまう。
そんな歌声に私のピアノの伴奏が重なっている。
音の重なりに耳をすませ、全身でピアノを奏でる。

「ッ!?」
 きた。曲の後半。
いつも、手が重く感じる。
思うように手が動かない。
手が動かなくなり、焦りで呼吸が荒くなる。

「一旦、ストップ」
 静かに海先輩が声をかけた。
「、、、すみません」
「うんん、ねぇ、わたしの音じゃなくて、風奏ちゃん自身の音を聞いてみたらどうかな?」
「私の音、、、。あっそういえば、千絃も、初めて私にピアノが弾けないんだろって聴いてきた時なんか言ってなかった?」
 私は海先輩の言葉にハッとして訊く。
「ん?、、、あぁ、自分の音を聴こうとしてねぇから。逃げてるから。って。お前さ、自分の音が綺麗だって認めたくなさそうだったし」
 思い出したように千絃が言う。
「また明日、試してみようよ。私、放課後バイトだし」
 明るく提案してくれ、海先輩はまたね、と言って音楽室を出て行った。
私は海先輩にお礼を言ってピアノにまた向かい合う。

「自分の音を、、、聴く、か」
 私は人差し指でドの音を弾きながらつぶやく。
「、、、あのさ、風奏」
 何か言いにくそうに千絃が口を開いた。
「どうしたの?」
「、、、いや、なんでもない」
 千絃がこの話はやめだというように口を閉じた。
と、昼休み終了のチャイムが鳴った。