「これが、私の過去。そして、ピアノが怖くなって弾けなくなった理由」
 私が消え入るような声で呟いた。
「話してくれてありがとな」
 優しい千絃の声が響いた。
「風奏ちゃん、今までよく1人で耐えてきたね」
 律も柔らかな笑みを浮かべている。

「え、、、ありがとう?耐えてきた?」
 私は2人の反応に目を丸くする。
励ましをもらおうと思ったわけじゃない。
なのに、、、受け入れてももらえて、励ましてももらえて、感謝もされた?

「風奏にとって辛いことだったんだろ?俺たちに話してくれたこと、感謝しねぇといけねぇなって思ったんだよ。フツーだろ」
 ぶっきらぼうに言った。
「そうそう。しかも今までずうっと1人でこんなたくさんの思いを抱えて来てたんだよね?誰かに助けを求めることなく、ずっと1人で誰かを傷つけないように頑張ってた、、、そうなんでしょ?」
「よく、頑張ったな、風奏」

 2人の言葉を聞いた瞬間、私の目に涙が溜まったと思えば、すぐに溢れ出てしまった。

「あれから、、、私、、、大好きなピアノを避けたんだ。そしたら、最後まで、弾けなくなっちゃった。とっても怖くて、避けてたけど。でも、ピアノがあったら、どうしても弾いちゃう。大好きだから、ピアノから離れられなかった。けど、演奏の途中で手が止まる。、、、それに、人を傷つけないように、ってずっと気をつけてる。周りに気を配るのが、本当に大変で。学校に行くのも憂鬱になった。人に会うと、喋ると、いつも思う。私はいつか、また、人を、傷つけちゃうんじゃないかって。毎日が、怖くて、辛くて、でも、この気持ちを誰かに吐くことができなくて、、、」
 泣きじゃくりながら言葉を続ける私を千絃は優しい眼差しで見つめた。
「私に天才って言葉を投げかける周りの人たちに、私は天才じゃないって言いたかった。その言葉が私を傷つけるんだって。私を褒める言葉なのかもしれないけど私にとっては、、、私の心を刺すナイフだって」
 私は胸に手を当て訴える。
「でもそんなナイフを、、、私も持ってて、もうそれで誰かを傷つけたくなかった。だから気持ちを押し殺してきた。だけど、、、辛かった。誰かに、助けてって言いたかった」
 私は必死に涙を拭う。
ずっと抱えてきたもの、隠してきたもの、押し殺してきたもの、一度破れると、止まらずに流れ出てくる。

「自分をそんなに責めるんじゃねぇよ。風奏は、風奏でいいんだよ。昔も、今も。人間悪いことしねぇ奴なんて、いねぇんだから。風奏は、風奏でいいんだ。自分らしい姿でいなくちゃ、人間壊れる。風奏の生きたいように、風奏らしく過ごさねぇと。ってか俺たちといる時の風奏、風奏らしい素直でバカな風奏だったぜ」
「うん、俺たちといる時の風奏ちゃん、いつも表情豊かで、気持ちが顔にダダ漏れだったよ。隠してるつもりだったみたいだけど」
「え?!」
 わざと2人は軽い口調で言っているのか本心なのかわからないが2人の言葉には素直にびっくりする。
「私、顔に出てたの?」
 恐る恐る2人を見つめる。
「あぁ。大体わかった」
「うんうん」
「本当に?あ、みんな、傷ついてない?大丈夫?」
 私は怖くなって声が小さくなる。
そんな私を見つめ数秒後、2人は同時に吹き出した。

「な、なんで笑うの?」
「いや、傷ついてたら俺ら此処にいねぇだろ、やっぱお前バカだな」
「本当にそれ。傷ついてたら今、風奏ちゃんの話聴いてない、聴こうと思わない」
 2人はツボに入ってしまってお腹を抱え転げ回る勢いで大爆笑している。

「、、、ってか、周りの目なんか気にせず、自分のやりたいことやろうぜ。俺だったら歌」
「俺はギター!」
「高校生だから調子乗ってるとか、いろんな声がある。、、、けど、俺は歌が大好きなんだ。音が、、、怖くなる時もある。けど、、、それ以上に大好きだ。それを貫いて生きるって、カッコいいだろ?ルイスみたいに」
「俺も、ギターの道に行くって両親に言った時、すごく反対された。でも、そこで俺の大好きなギターと一緒に人生を送るって決めたから、今はめちゃくちゃ幸せ。将来どうなるかが心配だって言われたけど、俺は今、千絃とバンドすることが楽しい。ギター片手にステージに出るのが、楽しいんだ」
 2人は本当に今を楽しんでいるようだった。
誰かの声を気にせず、自分の好きを貫く。

「すごいね、、、。2人とも」
 私は息を吐きながら感嘆の声を上げる。
「おいおい、風奏も自分の好きを貫けよ」
「自分の、好き?」
「あぁ。ピアノが大好きなんだろ?」

 千絃の言葉に私は息を呑む。
ピアノが、、、大好き。
だけど、最後まで弾けない。
周りが怖いから、そういう理由で弾けないと思っていた。
いや、周りが悪い、そう思い込んでいた。
でも本当は、、、私自身のせい。
私が逃げていたせい。

やっと気づいた。
私は周りに天才って言われたくないってだけで、ピアノを弾くことを心の何処かで諦めてたんだ。
ピアノを弾かないことで心を傷つけないようにガードしていたんだ。
でも、その心のガードの内側にある小さな棘が心を痛めていたのに。
いつくるかわからないナイフのためにガードを作って、でも、小さく小さく、少しずつ少しずつ、心を自分で痛めていたんだ。

大好きなピアノから逃げて、私は、何をしようとしてたんだろう。

「私、やっぱり、ピアノの道、諦めたくない。私が一番楽しいと思う瞬間は、ピアノを弾いてる時」
 私は前を向き、はっきりと宣言した。
「風奏はピアノがお似合いだぜ」
「、、、うん。ありがと。千絃、りちくん。みんなといると安心するし、とっても楽しい」
「「どーいたしまして!」」
 2人は口角をあげ、目を細めた。