私は、幼い頃から思ったことを考えなしに、気持ちを口に出してしまう子だった。
自分がすごいと思ったことはすごい!とハッキリ言うそんな正直な子だった。

そんな私には、親友がいた。
家が近くだった、同じ歳の女の子。
彼女は運動神経が良く、将来はプロサッカー選手になる!と豪語するような活発な子。
そんな彼女を私はカッコイイと思った。

夢を堂々と語れる彼女に憧れていた。

そして、もう一つ、彼女を尊敬する理由があった。

なぜなら、私はその子に助けられた経験があるから。
私は小学校高学年の頃からピアノのコンテストによく参加するようになっていて入賞も何度か獲っていた。
そのことを私の同級生はよく思っていなかった。

中学校の時、私は将来の夢を探していた。
ピアノは好きだけど、プロになるのは諦めていた。
私の実力ではプロになれないと先生に言われたから。
悔しかったけれどその当時の私は、私じゃ無理なんだ。じゃあ他の夢を探そう、というふうに軽く考えていた。
だから、クラスメートに会話でさりげなく、『野球が好きなんだ、じゃあ将来は野球選手とか?』『本が好きなんだ、じゃあ小説家になるのが夢とか?』と訊いていた。
しばらくそんな会話を続けてしまっていた。
そうしたら『やっぱり天才は違うな』と嫌味っぽく呟かれた。
一瞬私は何を言われたのかわからなかったけど、次々と他の人も、
『自分が天才だからって調子乗ってんじゃね?』
『自分が天才だからって他の奴らも天才だなんて思わねぇ方がいいぜ』
『風奏ちゃんはピアニストになるんでしょ?なら私たち凡人の夢なんて聞かないでよ?嘲笑うつもりなんでしょ?』
 と言われた。

クラスメートは私がピアノのコンテストで何度か優勝しているのを知っていたから、私がピアニストになると思っていたみたいだった。
私は自分が天才だと思っていないし、周りが凡人だとも思っていなかった。でも、私は周りの圧で何もいうことができなかった。

1人でトボトボと帰っていると、幼馴染の女の子、ヒナが隣に来て、
『風奏、勉強ついていけてるの?これから見つける夢のためにも勉強は頑張らないと。特に英語はダメなんだから』
 と話しかけてきた。
唯一、私を普通の人、として扱ってくれた。
私を、天才じゃなくて、友達として扱ってくれた人だった。

だから、『すごい!なれるよ!カッコイイ!』と彼女の夢を応援していた。
私は夢を諦めたけど、彼女には諦めてほしくなかった。
真っ直ぐに夢を語る彼女は、絶対に夢を叶えるって信じていた。

そして、私たちは成長し、中学3年生になった。
「進路、どうするの?」
 私が訊くと、
「まだ迷ってて」
 と気まずそうに目を逸らした。
「え?ヒナ、サッカーじゃないの?ヒナならできるよ!私が保証するって。昔から言ってたじゃん!夢でしょ!」
「うん、、。でも、大変そう、なんだよね」
 と小さく呟いた。
「やっぱり、大変なんだ」
 私は頷きつつ、でもヒナなら大丈夫だよ!と励ましていた。
 その日はその会話で終わった。

 次の日。学校からの帰り道だった。
「高橋くんは絵の道を進むんだって。森ちゃんは、勉強を頑張りたいから、難関校だって。私は砦ヶ丘かな。とりあえず、夢を見つけるために基礎的な勉強を固めておきたいし」
「そう、、」
「ヒナはまだだったよね。ゆっくり決めたらいいよ。私は応援してるからさ。テレビで報道される日が来るかもよ。サッカー日本だい」
「やめて!」
 私の声を遮って金切り声をあげた。耳を押さえて、震えている。
「え、、?」
「そういうの、やめて。私、わかったの。現実は、そう甘くないって。風奏だって知ってるでしょ?」
「でも、、」
「だからやめてって、無責任なんだよ。私が保証するって言って、言葉だけじゃん。しかも自分はピアノの道諦めて。風奏はピアノの道を諦めたから、私にサッカーの道を諦めてほしく無いんだよね?でもね、風奏。風奏のピアノものすごくうまい。私の下手なサッカーと、大違い!本当は2年生の頃から、ずっとサッカーなんて辞めたかった!」
彼女はなにかがはち切れるように怒りに任せて叫んでいた。
「ずっと、夢って、、言ってたでしょ?そんな話、聴いてないよ?」
「風奏が応援してくれてるのに、辞めるなんて、申し訳ないって思ってたから黙ってた。だけど、、私もう、限界なの、、」
力なく彼女はそう言うと、
「ごめんね」
と言ってかけだした。
「え?、、ヒナ!」
 駆け出した先にあるのは、、急な階段。
階段のところで、彼女の姿が消えた。
瞬間。
下の方で、くぐもった声が聴こえた。
「ヒナ?、、ヒナ!?」
 やっとのことで追いついた私を待っていたのは、階段の下に倒れているヒナだった。
「嘘、、誰か、誰か!」
 私は必死に助けを求めた。

そのあと、彼女は救急車で運ばれた。
彼女に付き添って病院へ行ったが、彼女の両親になんと言えばいいか、わからなかった。
だから、みたまんま、正直にそのまま伝えた。
進路の話をしていたら、喧嘩のようなものになってしまい、怒ってかけだした彼女は階段で落ちてしまった。と。

「すみませんでした」
2人に頭を下げて、その日はそのまま帰った。

 数日後、ヒナのお見舞いに行った。
「帰って」
 行った瞬間、そう言われた。
「なんで?大丈夫かなって、心配だったんだよ?」
 彼女は幸い意識は戻っていた。
喋れる状態だが、重症なのは変わりない。
「あんたのせい、、。全部、あんたのせい。帰って。あんたの顔、一生見たくない」
「そんな、、。私たち、親友でしょ?」
「そんな仲な訳ない!そんなのじゃないって、あんたもわかってるでしょ?私、あんたのこと大っ嫌い」
 と言うと、ベッドに潜り込んだ。

「そんな、、。」
 しばらく白い床を見つめていた私。
ふと、顔をあげて
「今まで、本当にごめんなさい。辛い、、思いをさせてしまって。本当にごめんなさい。そして、ありがとう。私は、あなたと出会えて、よかった。出会ってくれてありがとう。」
 頬に伝った涙を拭った。
「今まで、ありがと。さよなら。」
 伝えたいことは全部伝えた。

もう、思い残すことは、ない。私が悪いってわかってるから。全部悪いってわかってるから。

あの階段から落ちたのは、不幸な事故なんかじゃない。
私が、、、この、私が、彼女を追い詰めていたから。自殺しようとしていたに違いない。
あの階段はヒナの家とは逆方向。しかも、私は見てしまった。目を瞑って、階段の上から飛び降りたことを。
でも、私は自分の胸に仕舞い込んだ。そして、ヒナのために見なかったことにしよう。ヒナのために、忘れてしまおう。
そう思った。
私が全て、悪いのだから。

それから、彼女は学校に来ることはなかった。卒業式も、出席していなかった。
私に、絶対に会いたくないんだと思った。
そして、彼女は足に後遺症が残り、サッカーができない体になった、と聞いた。
サッカーをできなくするために飛び降りたのかな、とも私は思った。
サッカーという、ヒナにとっては呪いの言葉から、解放されるために。
あれから、彼女に会っていない。だから、真相はわからない。わからない方がいいんだ。
私が、全て、悪いのだから。
そして、絶対に、ヒナとは会わない方がいいんだ。
それが、唯一の、私にできる、最大の償いだ。と考えたから。
だから、、会わない。いや、、会えない、、。
だから、全て忘れようと誓った。
ヒナとの思い出、全てを、、。

そして、私はもう、天才、なんて言われ避けられたくなくて。また大切な人を傷つけたくなくて。
自分の気持ちを押し殺すようになった。
そして、相手に嫌な思いを抱かせないように注意を払うようになった。

そして、、大好きなピアノが弾けなくなってしまった。