千絃に手を引かれ、私は音楽室に辿り着いた。
「じゃ、どーぞ」
 千絃がピアノの前の椅子を引いて、手で示す。
「は?何?」
「どーぞ!」
「、、座れ、ってこと?」
 曖昧に呟くと、
「は?それ以外何があんだよ」
 案の定言い返された。

「辛いこと思い出した時、俺は空を見る。あと、音楽に触れる」
「音楽?」
「あぁ。音楽って、、ものすごい力を持ってるんだ。ある歌は自然と涙が流れるような。ある歌は、もうちょっと頑張ってみようって思えるような」
 不意に言葉を詰まらせ、私を見た。
「風奏。風奏のピアノは、、そういう力を持ってるんだ」
「え?」
「俺は、そう感じた、だから」

「勝手なこと、言わないでよ。私のピアノで、、誰も救われない。そんな力、持ってない」
 咄嗟に言い返す。
私のピアノの何処にそんな力があるの?
私のピアノは、、、誰も、、、。

「そんなことねぇ!俺は、、お前の音を聴いて、、こんな綺麗な音、あるんだって思った。だから、自分でも聴いてみろよ。自分のピアノの音を!」
 真剣な表情で私に訴える。
「、、、」
「、、、だから、、、弾けなくなったんじゃねぇの?」
「な!、、、なんで?」
 私は勢いよく千絃に顔を向けた。
「お前がwalking in the Night 弾いてた時、クライマックスいかずにとまっただろ?それで止まったと思ったら不協和音になったし。で、、、弾けなくなったのかな、、、って。ごめん、、、」
「そ、そっか、、、」

そう、私はピアノが弾けなくなった。
小さい頃からピアノが大好きだった。
けど、、、弾けなくなってしまった。
あの、出来事の後から、、、。

「じゃあ、2人でルイスの曲聴こーぜ!」
 沈んだ気分の私を元気づけるように言った。
「ルイスの歌、聴こう!」
 もう一度言い千絃はスマホを取り出し、音楽を聴くアプリを開いた。
黙って覗き込んでみると画面はルイスの曲で埋め尽くされていた。検索履歴は全て外国人アーティストだった
「え?全部ルイスじゃん、、、。しかも他は外国人?」
「これくらいフツーだろ?洋楽好きなら検索履歴は全部外国のアーティストだろ。邦楽ポップが好きなら邦楽のアーティスト。そういうもんじゃねぇの?」
「、、、うーん、人によるんじゃない?私は逆にルイスのWalking in the Night しか聴いてない」
 私は千絃の洋楽への愛に深さに呆れつつスマホを取り出し見せる。

「あ?なんでこの他のルイスの曲聴かねぇんだよ!いい曲ばっかなのに!」
「うーん、、、」
「じゃあ、このseiさんの和訳動画見てみろよ。ルイスの曲全部和訳してあるから」
「すご!全部?」
「あぁ、ルイスの他にも」
 千絃が説明をしようとしたところで昼休み終了のチャイムが鳴った。
「もう昼休み終わりかよ」
 ルイス聴きたかったのによ、と残念そうに肩を落とした。
そんな千絃の耳には相変わらずイヤホンがささっている。
私は訳を聞きたかったが、聞けなかった。

教室に戻ると
「ごめんなさい。風奏。お腹痛くなっちゃって」
 英子が明るくそう言いながら私の元に来た。
「え?!大丈夫?」
 慌てて訊くと
「大丈夫よ!いつものことだから」
 優しく微笑んでいた。
いつもの寂しい笑顔より明るい笑顔だった。
その笑顔に安心した私だった。
 だが横にいる千絃の表情は何故か冴えなかった。