そのことを忘れちゃダメだと頭が警告を鳴らしている。
「で、どうするの?」
 死神が、彼女に話を振る。彼女は少しの間、ん~と唸り急に叫んだ。その様子に若干引きながら、彼女を見る。
「自己紹介っ。してないでしょ?」
 確かに、彼女の名前も知らない。三日間一緒にいる相手なのに名前も知らないのは、さすがに不便すぎる。
「私ね、松山晴乃(まつやまはるの)。よろしくね」
 彼女――晴乃は、名前に似合う笑顔を浮かべていた。
「俺はね。ユズル。よろしくね」
 死神にも名前はあるらしく、潔く自己紹介をしてくれた。姿は、僕よりも一、二歳年が離れていそうだ。
「僕は、古谷(ふるたに)由季。よろしく」
 晴乃は、じゃあ由季くんって呼ぶねと言う。ユズルは「由季、由季ね」そう言って、頭をなでてくる。その手つきは、どこか壊れ物を扱うような仕草だった。
「じゃあ、今から海に行こうか?」
 晴乃が突拍子のないことを言い出す。この時間は、いつもなら授業を受けているはずだ。まずまず、こんな場所にいること自体がおかしいのに、今から海行くと言う。
「晴乃ってサボり魔?」
 僕は訝し気に晴乃を見つめる。
「ううん、違うよ。でも、今日はもういいかなって」
 晴乃は、困ったようにでもどこか諦めたように笑う。僕は、これ以上追及するのは悪く思い、ふーんと誤魔化した。
「じゃあ、今から海に行くの?」
「そう。だから、由季くん。門限って大丈夫?」
 門限・・・。僕の家のことを話した方が良さそう。その方がササッと海に行けると思うし。
「家、父子家庭なんだよ。父さんは、いつも帰ってくるの遅いし。帰ってきても会うことはないから、別に何時でも」
 ありのまま言う。晴乃はどんな顔をしてるんだろう?申し訳なさそうな顔?それとも、(あわ)れんでいる顔?晴乃の反応が、怖くて顔を上げれずにいた。
「そう。じゃあ、何時でもいけるね。でも、制服だとあれだし一旦着替えてこよっか」
頭の上から声が聞こえる。ゆっくり顔を上げるとそこには、変わらない笑顔をした晴乃だった。
「え?着替える?」
「そう。夜遅くまで制服だとヤバいじゃん」
 確かに制服より私服の方がいいかもしれないけど、何も反応がないことで頭が正常に回らなくなっている。
「じゃあ、すぐ近くにあるバス停で待ち合わせね」
 それだけ言って、屋上から出ていった。晴乃も制服を着ていた。だから、彼女も着替えに行ったのだろう。ようやく、頭が回りだした頃、晴乃は屋上へ戻ってきた。
「やっぱり、私は着替えない。由季くんだけ着替えに行ったら?」