晴乃が消えて数日たった。だけど、世界は通常に回っている。
「なー、由季さ。なんか変わったな」
 今まで智也ともそこまで仲は友達といえるかどうかだったが、あの日からよく一緒に帰るようになった。
「そう?」
「うん。表情が豊かになったと思うよ」
 智也がいうならそうなのだろう。僕は心から笑えるようになったのは、晴乃のおかげかもしれない。人を好きになる気持ちを知った。誰かを大切にしたいという気持ちを知った。そして、死んでもなお笑っていた晴乃の笑顔を思い出すと、楽しかった記憶がよみがえる。それが、今の僕の心の支えになっているのだろう。
 信号が青になるのを確認し、信号を渡る。智也は僕より一歩手前を歩いていた。信号は青だった。だけど、視界の端に車が映る。このままだと、智也に車が突っ込む。そして、智也は無事ではないだろう。そう瞬時に判断し、智也の背中を押す。その拍子に智也は前に転び、僕は智也がいた場所へと移動した。
「由季ッ」
 智也が叫ぶと同時に全身に強い衝撃を受ける。車に轢かれ痛くてどうしよもにないのに、頭は冷静だった。
「ごめんね」
 声が聞こえた方へと視線を向ける。そこには、眉を八の字に寄せているユズルだった。
「由季がなんで死んだはずの晴乃が見えたと思う?見えるはずのない俺が見えていたと思う?」
 そう問われて点と点がつながっていく。
「死期が近づいている人間にはこの世でないものが見えてしまう。君の担当の死神はね、俺だったんだよ」
 ユズルはしゃがみこんで、僕と目を合わしやすいようにする。
「ごめん。もう少しだけ俺の話を聞いてくれる?」
 ユズルの問いかけにうなずくことも声を出すこともできず、ただユズルを見つめる。それを肯定だと取ってくれたのか、ユズルは口をゆっくりを開ける。
「俺はね、自殺して死んだんだ。そして、死神になったんだ。でね、きみたちを見て思ったの。辞めようって、死神を」
 ユズルは眉を下げて、静かに笑う。
「晴乃を忘れないと決めた由季の想い、死んでも笑っていた晴乃の気持ち。それで、人間もいいなって思った。もう一度、生きてみようって思えたんだ」
 だんだん、意識が朦朧となっていく。そして、ユズルの話す声も遠くから聞こえてくる。
「だからね、由季。ありがとう」
 薄れゆく意識の中、微かにユズルの声が聞こえる。そして、僕の意識はプツリと途絶えた。