「藤井先生、見ました? 今日の美鳥スポーツ。」

 「ええ。」

 合唱部顧問、藤井久志(ふじいひさし)に声をかけたのは、情報通の社会科牧典明(まきのりあき)。片手に美鳥スポーツをつかんだまま、楽譜を広げている藤井のもとにやってきたのだ。

 「で、どうなんですか? 本当のところ。ダークホースなんですか、うちは。」

 「いえ。」

 「やっぱり、全国の壁は厚いですからね。」

 牧の見つめる窓の先には、体育館がある。美鳥高校で一番強いのはバレー部。毎年支部の決勝トーナメントまでは行くものの、全国出場は果たせていない。牧はそのバレー部顧問なのだ。

 「そうじゃありません。うちが本命です。」

 藤井は持っていた楽譜の束を机でポンと整え、そう言った。

 「そうなんですか!?」

 牧の隣に座っている保健室の桜井由紀(さくらいゆき)が目を丸くし、声高く聞いてきた。

 「うちの子、中部の合唱部で、今年の美鳥は違うって言ってたけど、本当なんですね。」

 「ええ。記事にある通り、うちは伝統校でもなければ上手い子が入って来るわけでもないですが、3年生の気持ちが強くて、練習はひと一倍やってきましたから。僕も今年の美鳥なら行けると思っています。」

 牧はその様子を腕組みしながら見ている。

 「じゃ、うちもひと一倍、練習させますか。」

 「練習はさせるものじゃありません。するものです。」

 藤井は鉛筆で真っ黒になるまで書き込まれた楽譜を見つめながら呟いた。

 「練習してくれたらね、苦労はないんですわ。」

 牧が藤井に背を向けて、職員室の上に掲げられた毛筆のスローガンをにらむ。

 「美鳥から全国へ〜部活動活性化〜」

 「では。」

 牧はニヤッと笑いながら深い会釈をして職員室をあとにした。

 「藤井先生、本当に全国行きそうなんですか。」

 「はい。」

 桜井は整理された分厚いファイルの中から「修学旅行」と書かれたものを取り出す。

 「ほら、やっぱり。」

 桜井はうんうんとうなずきながら話を続ける。

 「修学旅行と被ってますよ。全国、10月25日ですよね?」

 「ええ、全国は10月25日ですが…、参ったなぁ。」

 桜井のファイルから、修学旅行のしおりがポロッと落ちた。