「なぁ、結芽。最後に抱きしめてもいい?」

元気をなくし尻尾を下げたワンコのような潤んだ瞳で私を見つめては、こんなお願いされたら断りきれない。

頷くや否や、彼が一歩ずつ距離を縮めては私を包み込んだ。

離したくないと言わんばかり、強くきつく私を抱きしめる。

いつもなら優しく抱いてくれるのに、今日はやけに強引。

それもそのはず。

今日で私たちの関係は終わりを迎えるから。

「……結芽……」

私の肩に頭を埋めては弱々しい声を出す碧くんに、まるで泣いている子供をあやすかのようにヨシヨシと背中を摩った。

彼の方が身長高くて私をすっぽり覆うほどなのに、なんだか碧くんが小さく感じる。

『私はどこにも行かないよ』と碧くんを安心させる言葉を言えたらいいのに。

ずっと、このままいれたらいいのに。

碧くんと一緒にいられる未来があったらいいのに。

こんなにも近くにいるのに、明日にはもう会えなくなる。

友達でもない、カップルでもない。

もう今の関係には戻れない。

今日でお別れしなきゃいけないのに、碧くんと離れたくない。

何回も抱きしめられてもなお私をドキッとさせる温かい彼のぬくもり。

ワンコみたいな顔をしているのに、しっかりとした骨格。

私の頭と背中に手を置いては自分の胸に引き寄せる男性特有のゴツゴツと骨ばっていて男らしさを感じる大きな手。

静かに泣いているのか小さく肩を震わせながら、私の名前をそっと呼ぶ声。

首元や耳にかかる息が私を熱くさせる。

頬に触れているサラサラな髪。

休日の日には、彼がよくつけている爽やかな香水の匂い。

その全てが愛おしく感じては、涙腺が緩んでしまいそうになる。

「……結芽。好きだよ、大好きだよ……」

涙声になりながらも愛の言葉を伝えてくれる。

……ダメだ。

もう堪えきれない。

私の目からいくつもの雫が零れ落ちては、彼のシャツにシミを作る。

夕日で温かく照らされる中、私たちは抱きしめては涙を流し、最後の別れを惜しんだ。