魔法学校ハルハードはとても広く、教室数だけでなく階層も多い。さらには魔法で空間をいじっているとかなんとかで、見た目の広さ以上の収容を可能にしているらしい。授業に使う部屋や物置だけでなく、寮も学校内にあるからその分広いのは当然だ。
来たばかりの僕にはこの広い学校が迷路のようで、まだ寮の自室と自分の教室、それからクチナシ先生の教室にしか足を運んでいない。一度覚えたルートを外れると二度と戻れないような気さえする。迷っても誰かに聞くなんてできないだろう。だって、僕以外全員ニンゲンじゃないのだから。
「……申し訳ないです」
「……ううん、……もともと、案内しようって……思ってたから……」
というわけで、クチナシ先生に頼んで学校を案内してもらうことにした。僕は彼の優しさに甘えてばかりだ。
「……ここが……職員室。カルタ先生も、机あるから……荷物、置いていいよ。んー……他はどこを案内しようかな」
しばらく考えた後、あ、と言ってクチナシ先生が僕を見た。
「……実技、見に行く?」
案内された実技訓練場は僕の知っている体育館の三倍は広かった。僕のニンゲン生物学の教室とは全く異なり、そこはたくさんの生徒で溢れている。
サッカーコートのようにラインが引かれて、複数の長方形の中に生徒が二人ずつ立っていた。
「……対戦形式の、実技。枠内で、戦う……」
「ま、魔法バトル、ってことですか……!」
「ん、そう」
すごくドキドキしてきた。
「……あれ?」
目の前に用意されたコートに立つ二人。その一人に見覚えがあった。確か、リンくんを迎えに来た……ゼノくん、という子だ。少し粗暴な印象を受けたけど……どんな風に戦うんだろう。
「隣、いいですか? カルタ先生、クチナシ先生」
「あ、リンくん!」
ニパ、と愛らしい笑顔を向けて尋ねるリン君に「いいよ」と返す。クチナシ先生も快く了承し、三人並んで座って見学をすることになった。
「リンくんはゼノくんの応援に?」
「はい! ゼノくんが勝つところ、見たいので!」
「ゼノくんは強いんですか?」
「ええ、とっても!」
試合開始の合図で会場がざわめく。各所で訓練が開始され、日常生活では聞いてこなかった激しい音が代わる代わる耳に届いた。
だけど、目の前の二人はまだお互いに動きを見せない。
「知ってるぜ、ゼノ。お前攻撃魔法使えないんだろ?」
ゼノくんの対戦相手の子……獣のような風貌の男の子が嘲笑気味に言った。
「この訓練、俺の勝ちだな。いつもスカしてて気に入らなかったんだよッ!」
言うと同時に彼の手から火の玉が放たれ、真っ直ぐゼノくんへ向かう。当たる、そう身構えた瞬間、ゼノくんはそれを軽々と避けた。
「……使えねぇんじゃねえよ、使わないんだよ。お前ごとき攻撃魔法がなくたって勝てるしな」
「大口叩いてられるのも今のうちだ!」
魔法を駆使したり、直接飛びかかったり、対戦相手の彼は様々な攻撃を繰り出すけれど、そのどれもゼノくんには当たらない。しばらくして息を切らした相手に、ゼノくんが近付いて言った。
「その程度?」
ぐわんと、脳が揺れるような気がした。
「大ぶりな攻撃……子供の癇癪かと思ったよ」
まただ。ゼノくんが喋る度に、なんだか声が反響するような気持ち悪さに襲われる。
「お前程度の実力なら、そこら辺に掃いて捨てるほどいる。自分の力を過信できてすごいね。恥ずかしくて堪らないね……」
「なっ……」
「ほら、見て。みんなの顔を……。お前を笑っているよ? みっともなくて、格好悪くて、弱いお前を見てる」
「……や、やめ……」
「俺なら耐えられない。お前、よく平気な顔で立っていられるね?」
「う、ゔぅぅうう……っ!」
相手は頭を押さえてその場に蹲った。監督役の教師と思われる人が止めに入り、ゼノくんに軍配が上がった。
「……い、今のは……?」
「……精神干渉魔法……。言葉を操って……心を病ませる……。悪意を込めて、相手の嫌がる言葉を……組み合わせて、それを脳に送り込む……。彼、すごいな……」
「ま、魔法ってそんなこともできるんですね……」
「ゼノくんはお師匠様から攻撃魔法を禁止されてるんです。だから、傷つけずに勝つあの方法を教えてもらって極めたんですよ」
「お師匠様?」
「はい! 詳しくはわからないですけど……ここに来る前から魔法を教えてもらっていて、そのお師匠様の進言あってここに通っているとか。ゼノくん、お師匠様のことすごく大好きだから……」
「おいリン!」
「あ、ゼノくんに見つかった……! カルタ先生、クチナシ先生、僕行きますね! 一緒に見学させてくれてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げてからリンくんはゼノくんの元へ走って行った。
「精神干渉魔法……」
「クチナシ先生……それって難しい魔法なんですか?」
「……うん、すごく……。それに、危険……。それを使いこなせているから……ゼノくんは、すごい……」
「……対戦相手の彼は大丈夫でしょうか」
「……あれでも、だいぶ……加減、してるみたいだったから……、問題ないと、思う」
悪意ある言葉は毒だ。悪意がなくても、時折言葉というものは人を深く傷つける。それに魔法の作用を加えることができるなんて、想像しただけで恐ろしい。
「……カルタ先生も、気分、悪くなった……? 少し、影響を受けたみたいに……見える」
「え、……いえ! 大丈夫です。少しびっくりしただけで……」
「そう? でも……今日はもう、寮に戻ったほうがいい。ゆっくり休んで……。また明日、いろいろ教える、から」
「ありがとうございます、クチナシ先生」
その夜、夢を見た。
美大生の頃、先生に言われた言葉。
『あなたの絵ってわからないわ。ただの落書き。やる気がないなら自主退学したほうがお金が無駄にならずに済むわよ』
伸び代もない。才能もない。小学生の頃からそうだった。でも、好きだから、続ければきっといつか……。そう思って描き続けた結果、僕は何一つ変わっていなかった。
僕には何もない。僕は、何者でもない。刺さった言葉が全部、全部……抜けないんだ。
来たばかりの僕にはこの広い学校が迷路のようで、まだ寮の自室と自分の教室、それからクチナシ先生の教室にしか足を運んでいない。一度覚えたルートを外れると二度と戻れないような気さえする。迷っても誰かに聞くなんてできないだろう。だって、僕以外全員ニンゲンじゃないのだから。
「……申し訳ないです」
「……ううん、……もともと、案内しようって……思ってたから……」
というわけで、クチナシ先生に頼んで学校を案内してもらうことにした。僕は彼の優しさに甘えてばかりだ。
「……ここが……職員室。カルタ先生も、机あるから……荷物、置いていいよ。んー……他はどこを案内しようかな」
しばらく考えた後、あ、と言ってクチナシ先生が僕を見た。
「……実技、見に行く?」
案内された実技訓練場は僕の知っている体育館の三倍は広かった。僕のニンゲン生物学の教室とは全く異なり、そこはたくさんの生徒で溢れている。
サッカーコートのようにラインが引かれて、複数の長方形の中に生徒が二人ずつ立っていた。
「……対戦形式の、実技。枠内で、戦う……」
「ま、魔法バトル、ってことですか……!」
「ん、そう」
すごくドキドキしてきた。
「……あれ?」
目の前に用意されたコートに立つ二人。その一人に見覚えがあった。確か、リンくんを迎えに来た……ゼノくん、という子だ。少し粗暴な印象を受けたけど……どんな風に戦うんだろう。
「隣、いいですか? カルタ先生、クチナシ先生」
「あ、リンくん!」
ニパ、と愛らしい笑顔を向けて尋ねるリン君に「いいよ」と返す。クチナシ先生も快く了承し、三人並んで座って見学をすることになった。
「リンくんはゼノくんの応援に?」
「はい! ゼノくんが勝つところ、見たいので!」
「ゼノくんは強いんですか?」
「ええ、とっても!」
試合開始の合図で会場がざわめく。各所で訓練が開始され、日常生活では聞いてこなかった激しい音が代わる代わる耳に届いた。
だけど、目の前の二人はまだお互いに動きを見せない。
「知ってるぜ、ゼノ。お前攻撃魔法使えないんだろ?」
ゼノくんの対戦相手の子……獣のような風貌の男の子が嘲笑気味に言った。
「この訓練、俺の勝ちだな。いつもスカしてて気に入らなかったんだよッ!」
言うと同時に彼の手から火の玉が放たれ、真っ直ぐゼノくんへ向かう。当たる、そう身構えた瞬間、ゼノくんはそれを軽々と避けた。
「……使えねぇんじゃねえよ、使わないんだよ。お前ごとき攻撃魔法がなくたって勝てるしな」
「大口叩いてられるのも今のうちだ!」
魔法を駆使したり、直接飛びかかったり、対戦相手の彼は様々な攻撃を繰り出すけれど、そのどれもゼノくんには当たらない。しばらくして息を切らした相手に、ゼノくんが近付いて言った。
「その程度?」
ぐわんと、脳が揺れるような気がした。
「大ぶりな攻撃……子供の癇癪かと思ったよ」
まただ。ゼノくんが喋る度に、なんだか声が反響するような気持ち悪さに襲われる。
「お前程度の実力なら、そこら辺に掃いて捨てるほどいる。自分の力を過信できてすごいね。恥ずかしくて堪らないね……」
「なっ……」
「ほら、見て。みんなの顔を……。お前を笑っているよ? みっともなくて、格好悪くて、弱いお前を見てる」
「……や、やめ……」
「俺なら耐えられない。お前、よく平気な顔で立っていられるね?」
「う、ゔぅぅうう……っ!」
相手は頭を押さえてその場に蹲った。監督役の教師と思われる人が止めに入り、ゼノくんに軍配が上がった。
「……い、今のは……?」
「……精神干渉魔法……。言葉を操って……心を病ませる……。悪意を込めて、相手の嫌がる言葉を……組み合わせて、それを脳に送り込む……。彼、すごいな……」
「ま、魔法ってそんなこともできるんですね……」
「ゼノくんはお師匠様から攻撃魔法を禁止されてるんです。だから、傷つけずに勝つあの方法を教えてもらって極めたんですよ」
「お師匠様?」
「はい! 詳しくはわからないですけど……ここに来る前から魔法を教えてもらっていて、そのお師匠様の進言あってここに通っているとか。ゼノくん、お師匠様のことすごく大好きだから……」
「おいリン!」
「あ、ゼノくんに見つかった……! カルタ先生、クチナシ先生、僕行きますね! 一緒に見学させてくれてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げてからリンくんはゼノくんの元へ走って行った。
「精神干渉魔法……」
「クチナシ先生……それって難しい魔法なんですか?」
「……うん、すごく……。それに、危険……。それを使いこなせているから……ゼノくんは、すごい……」
「……対戦相手の彼は大丈夫でしょうか」
「……あれでも、だいぶ……加減、してるみたいだったから……、問題ないと、思う」
悪意ある言葉は毒だ。悪意がなくても、時折言葉というものは人を深く傷つける。それに魔法の作用を加えることができるなんて、想像しただけで恐ろしい。
「……カルタ先生も、気分、悪くなった……? 少し、影響を受けたみたいに……見える」
「え、……いえ! 大丈夫です。少しびっくりしただけで……」
「そう? でも……今日はもう、寮に戻ったほうがいい。ゆっくり休んで……。また明日、いろいろ教える、から」
「ありがとうございます、クチナシ先生」
その夜、夢を見た。
美大生の頃、先生に言われた言葉。
『あなたの絵ってわからないわ。ただの落書き。やる気がないなら自主退学したほうがお金が無駄にならずに済むわよ』
伸び代もない。才能もない。小学生の頃からそうだった。でも、好きだから、続ければきっといつか……。そう思って描き続けた結果、僕は何一つ変わっていなかった。
僕には何もない。僕は、何者でもない。刺さった言葉が全部、全部……抜けないんだ。

