『すごく素敵な絵ですね。色の塗り方がとても綺麗です。
君は……もう少し輪郭を捉えるともっと良くなりますよ。立体的に捉えてみてください』
小学校の頃の、美術の授業。好きなものを描いていいと言われて、僕はお気に入りのクレヨンを使って描きたいものを描いた。
『黒井くんは……、えっと……いいと思いますよ』
なんとなく、薄々と、気づいた。
下手ながら伸び代があると期待されるわけでも、抜きん出た際を見そめられるわけでもなく、ただ、反応に困ったような目で僕の絵を見た先生の顔。
それでも、いつか努力が実ると思っていた。……無意味な努力だと気づくのに十年も費やしてしまった。
『黒井さん、あなたの絵は……』
「今日から初授業ですね、カルタ先生!」
「……ということは、今日は火曜日か光曜日ということですね」
「あら、私としたことが。カレンダーをお渡ししますね」
チルベッタさんがえいっと杖を振ると、僕が見慣れたものとは日数の分割が異なるカレンダーが現れた。
「火曜日、風曜日、水曜日、草曜日、土曜日、光曜日のサイクルで週が巡ります。……文化が違うから、うまく翻訳できているか不安です……」
「あ、大丈夫そうです……! 知らない曜日がありますが、ちゃんと理解できています。カレンダーを見ると……今日は火曜日、ですね」
「はい! よかった。皆違う種族ですから、学校には言語翻訳魔法をかけています。しかし学校を出れば魔法の効果は消えますし、私もこの魔法を永遠には維持できません。なので、その耳の魔法道具……」
「この前いただいたもの、ですよね。これ、どういう効果の道具なんですか?」
「言語翻訳の魔法をかけています。学校の魔法が切れた時、学校の外に出る時に重宝すると思いますよ。それに、耳を隠すという意味もあります」
「耳を?」
「耳は種族が現れやすい場所ですから。隠すことで、カルタ先生の種族を特定されないようにしています」
「そういえば、クチナシ先生も魔族は耳を見ればわかると……。では、この首のものは?」
「それは私の守護魔法をかけています。何があっても死にませんよ。怪我はしちゃうかもしれませんが」
「へ、へえ……」
二度寝ても夢から覚めず、死ぬ前に見る幻覚だと思って割り切りここにいる。今日はついに僕が教師として授業をする日らしい。危険だとは聞いていたが、いざ死ぬとか怪我とか言われてしまうと不安が押し寄せてくる。
「あの……、そもそも、その、授業って事前に準備をして、今日することを組み立てとくものかなって……思うのですが、えっと、ぶっつけ本番ですか?」
「はい!」
「ひぇえ……」
「もちろん授業を円滑に進めるための道具はお渡ししますよ。こちらの杖をどうぞ」
そう言ってさっきカレンダーを出した時に振っていた杖を僕に手渡した。
「授業や日常生活に必要なものがあれば、欲しいものを想像して杖を振ってください。なんでも出せますよ」
「す、すごい……。魔法使いみたいだ」
「ふふ、魔法使いですもの」
「ちょっとだけ、不安よりワクワクが強くなりました……!」
「わあ、嬉しいです! カルタ先生、ちょっと杖を振ってみてください」
「え、えっと……こう?」
言われるがままに杖を振ると、何もないところにパッと花が咲いた。
「これは……カルタ先生の世界の花ですか? 綺麗ですね」
「き、昨日……クチナシ先生と話をして、それで思い浮かべちゃったみたいです……。これ、クチナシという名前の花で……あの、匂いを嗅いでみてください」
「では、失礼して……。! わ、すごくいい香り……」
「香水にも使われるらしいです。綺麗で、いい香りで……素敵な花ですよね。それにしても……本当に杖を振ったら物が出てきた……」
どこかで読んだファンタジー小説のようだ。杖を振って、とんがり帽子を被り、箒で空を飛ぶ……そんな魔法使い。
「あら、もうすぐ時間ですよ、カルタ先生」
「うぇ!? は、はい! 行ってきます!」
慌てて飛び出し廊下を走った。
理事長室から昨日の教室へ向かう途中、ドッと人が増えた。
「わ、人がいっぱい……!」
ザワザワと騒がしい人混みを進む。よく見ると皆動物の耳を生やしたりツノが生えていたり、その様相は明らかに人とは異なっていた。
あまりの光景に目を奪われながらもなんとか教室に辿り着き、緊張しながらドアを開ける。
「し、失礼しま〜す……」
外の喧騒とは打って変わり、室内はしんと静まり返っていた。
「……あれ、誰もいない……」
たくさんの生徒に囲まれながら準備もしていない授業をお披露目することになるかも……と怖がっていた僕はつい安堵してため息をつく。
「あの……、いますよ、先生」
「わ!?」
端の方にフードのついたローブを羽織った小さな男の子がいた。見た目は十四、五歳くらいだろうか。グレーの髪を七三に分けフードの間から三つ編みに縛った後ろ髪が覗く。丸くて大きなメガネをしていて、おとなしく真面目な印象を受けた。
「えっと……き、君だけ、ですか?」
「はい、多分……。あ、落ち込まないでくださいね、先生! 必修の基礎学が多くて……それらの試験をクリアしないと、選択できる自由科目がすごく少ないんです。だからみんな数少ない自由科目として魔法実技とか、呪術学とか、最初は花形の授業を率先して受けに行っちゃって……」
「なるほど、大学みたいな感じなんだ……」
「だんだん人も増えると思いますよ。ニンゲン生物学はチルベッタ学園長のおすすめの授業ですから」
「それはそれで緊張するなぁ……。でも、君がいてくれてよかったです。人がいっぱいなのは緊張するけど、誰もいないのも少し寂しいですから」
「新任の教師だと聞いています。僕のことは練習だと思って、好きに授業をなさってください」
「ありがとうございます……! えっと、君の名前は?」
「リンと呼んでください。カルタ先生」
「わかりました、リンくん」
「そういえば……カルタ先生、その手に持っているのは花ですか? 見たことのない花です。もしかして、ニンゲンの住む異世界の?」
「はい。これはクチナシという花です。そうだ、今日は……異世界の花についてお話ししましょうか」
君は……もう少し輪郭を捉えるともっと良くなりますよ。立体的に捉えてみてください』
小学校の頃の、美術の授業。好きなものを描いていいと言われて、僕はお気に入りのクレヨンを使って描きたいものを描いた。
『黒井くんは……、えっと……いいと思いますよ』
なんとなく、薄々と、気づいた。
下手ながら伸び代があると期待されるわけでも、抜きん出た際を見そめられるわけでもなく、ただ、反応に困ったような目で僕の絵を見た先生の顔。
それでも、いつか努力が実ると思っていた。……無意味な努力だと気づくのに十年も費やしてしまった。
『黒井さん、あなたの絵は……』
「今日から初授業ですね、カルタ先生!」
「……ということは、今日は火曜日か光曜日ということですね」
「あら、私としたことが。カレンダーをお渡ししますね」
チルベッタさんがえいっと杖を振ると、僕が見慣れたものとは日数の分割が異なるカレンダーが現れた。
「火曜日、風曜日、水曜日、草曜日、土曜日、光曜日のサイクルで週が巡ります。……文化が違うから、うまく翻訳できているか不安です……」
「あ、大丈夫そうです……! 知らない曜日がありますが、ちゃんと理解できています。カレンダーを見ると……今日は火曜日、ですね」
「はい! よかった。皆違う種族ですから、学校には言語翻訳魔法をかけています。しかし学校を出れば魔法の効果は消えますし、私もこの魔法を永遠には維持できません。なので、その耳の魔法道具……」
「この前いただいたもの、ですよね。これ、どういう効果の道具なんですか?」
「言語翻訳の魔法をかけています。学校の魔法が切れた時、学校の外に出る時に重宝すると思いますよ。それに、耳を隠すという意味もあります」
「耳を?」
「耳は種族が現れやすい場所ですから。隠すことで、カルタ先生の種族を特定されないようにしています」
「そういえば、クチナシ先生も魔族は耳を見ればわかると……。では、この首のものは?」
「それは私の守護魔法をかけています。何があっても死にませんよ。怪我はしちゃうかもしれませんが」
「へ、へえ……」
二度寝ても夢から覚めず、死ぬ前に見る幻覚だと思って割り切りここにいる。今日はついに僕が教師として授業をする日らしい。危険だとは聞いていたが、いざ死ぬとか怪我とか言われてしまうと不安が押し寄せてくる。
「あの……、そもそも、その、授業って事前に準備をして、今日することを組み立てとくものかなって……思うのですが、えっと、ぶっつけ本番ですか?」
「はい!」
「ひぇえ……」
「もちろん授業を円滑に進めるための道具はお渡ししますよ。こちらの杖をどうぞ」
そう言ってさっきカレンダーを出した時に振っていた杖を僕に手渡した。
「授業や日常生活に必要なものがあれば、欲しいものを想像して杖を振ってください。なんでも出せますよ」
「す、すごい……。魔法使いみたいだ」
「ふふ、魔法使いですもの」
「ちょっとだけ、不安よりワクワクが強くなりました……!」
「わあ、嬉しいです! カルタ先生、ちょっと杖を振ってみてください」
「え、えっと……こう?」
言われるがままに杖を振ると、何もないところにパッと花が咲いた。
「これは……カルタ先生の世界の花ですか? 綺麗ですね」
「き、昨日……クチナシ先生と話をして、それで思い浮かべちゃったみたいです……。これ、クチナシという名前の花で……あの、匂いを嗅いでみてください」
「では、失礼して……。! わ、すごくいい香り……」
「香水にも使われるらしいです。綺麗で、いい香りで……素敵な花ですよね。それにしても……本当に杖を振ったら物が出てきた……」
どこかで読んだファンタジー小説のようだ。杖を振って、とんがり帽子を被り、箒で空を飛ぶ……そんな魔法使い。
「あら、もうすぐ時間ですよ、カルタ先生」
「うぇ!? は、はい! 行ってきます!」
慌てて飛び出し廊下を走った。
理事長室から昨日の教室へ向かう途中、ドッと人が増えた。
「わ、人がいっぱい……!」
ザワザワと騒がしい人混みを進む。よく見ると皆動物の耳を生やしたりツノが生えていたり、その様相は明らかに人とは異なっていた。
あまりの光景に目を奪われながらもなんとか教室に辿り着き、緊張しながらドアを開ける。
「し、失礼しま〜す……」
外の喧騒とは打って変わり、室内はしんと静まり返っていた。
「……あれ、誰もいない……」
たくさんの生徒に囲まれながら準備もしていない授業をお披露目することになるかも……と怖がっていた僕はつい安堵してため息をつく。
「あの……、いますよ、先生」
「わ!?」
端の方にフードのついたローブを羽織った小さな男の子がいた。見た目は十四、五歳くらいだろうか。グレーの髪を七三に分けフードの間から三つ編みに縛った後ろ髪が覗く。丸くて大きなメガネをしていて、おとなしく真面目な印象を受けた。
「えっと……き、君だけ、ですか?」
「はい、多分……。あ、落ち込まないでくださいね、先生! 必修の基礎学が多くて……それらの試験をクリアしないと、選択できる自由科目がすごく少ないんです。だからみんな数少ない自由科目として魔法実技とか、呪術学とか、最初は花形の授業を率先して受けに行っちゃって……」
「なるほど、大学みたいな感じなんだ……」
「だんだん人も増えると思いますよ。ニンゲン生物学はチルベッタ学園長のおすすめの授業ですから」
「それはそれで緊張するなぁ……。でも、君がいてくれてよかったです。人がいっぱいなのは緊張するけど、誰もいないのも少し寂しいですから」
「新任の教師だと聞いています。僕のことは練習だと思って、好きに授業をなさってください」
「ありがとうございます……! えっと、君の名前は?」
「リンと呼んでください。カルタ先生」
「わかりました、リンくん」
「そういえば……カルタ先生、その手に持っているのは花ですか? 見たことのない花です。もしかして、ニンゲンの住む異世界の?」
「はい。これはクチナシという花です。そうだ、今日は……異世界の花についてお話ししましょうか」

