夜道を星の光が照らす。よく知る夜空は黒い画用紙に白や黄色や赤の絵の具をスパッタリングで散らしたような細かい星々が見えるけれど、この世界の星は一つ一つが大きく見える。より近い場所にあるのか、はたまたより強い光を放っているのか。月のような惑星も二、三浮いていて、夜と呼ぶには随分と明るい。
「……クチナシ先生は、優しい人だなって思います」
「……そう、かな」
「だから、ちょっと不思議で……。どうしてナイト先生と仲が悪いんですか?」
 ほんの世間話のつもりだった。少し長い帰り道にする雑談。新しく広がった交友関係を、より深めたいと思って出た質問だった。
「……」
「……クチナシ先生?」
「ああ、いや……。なんて言えば、いいのかな……」
 クチナシ先生は気まずそうに目を伏せ、取り繕うように笑った。質問を間違えてしまったかもしれない。別の話題を探していると、クチナシ先生がポツリと呟いた。
「ラブラヒュースは正しいことができる人で、僕にはそれができないから、かな……」
「……え?」
「……あは、難しい、かな。そうだよね……。なんていうのかな。……少数の犠牲と大勢の犠牲を選べと言われて、迷わず少数を選ぶのが彼で、選べずにうだうだして、全てを失うのが僕なんだ」
「……」
 何かを思い出しているような……過去を振り返りながら、嘆くような声。二人の間で起きた出来事は、軽々しく踏み入っていいようなものではなかったのだと反省した。
「すみません、変な質問してしまいましたよね……」
「ううん……、こちらこそ、歓迎会であんな……喧嘩ばっかり、見苦しかった、よね……」
 思い返して恥ずかしいのか、クチナシ先生は気まずそうに首を掻く。
「あの、クチナシ先生」
「……? なに?」
「……心細くて、ひとりぼっちで、何も知らない僕は、クチナシ先生の優しさに救われました。」
 きっと、クチナシ先生は何かを、誰かを、失ったことがある。寂しげな瞳から感じられる雨の日のような陰鬱とした寂しさがそう語っていた。過去を変えることはできない。どんなに素晴らしい魔法使いだとしても不可能だろう。ならば僕は、今を伝えたい。
「だから……クチナシ先生、ありがとうございます。あなたがいてくれて良かった」
「!」
 白い瞳が見開かれ、僕を映す。クチナシ色の目はキラリと薄い膜を張り、瞬きと一緒に弾けた。
「……お礼を言いたいのは俺の方、だよ……」
 立ち止まってから視線を合わせるようにしゃがみ、子供に大事な話をする母親のように、僕の手を彼の両手が包み込んだ。
「……君の言葉は、いつも温かい。……俺に、ありがとうと言ってくれること。それから……この目の色のことも」
 見慣れた月の色をした白銀の目は何度見ても美しい。この色を表現できる絵の具はきっとどこを探してもないだろう。
「……実はね、俺……この目の色で、迫害を受けたんだ」
「……は、」
 そうだ、確かナイト先生がそのような話をしていた。本人の口から実体験として出る迫害の言葉は、想像以上に重たかった。
「その、話は……、いいんですか。僕に、しても……」
「君に、言いたいって思ったから」
「……」
 辛い出来事だったはずだ。なのに目を細めて笑うから、僕はこれ以上何も言えなかった。
「……白は、天使族の色……。魔族と、天使族、対立が一番……激しいんだ。嫌われて、追い出されて、隠れて、自分の目を恨んで、生きてきた」
「え……。たった、それだけのことで迫害、だなんて……」
 辛いのはクチナシ先生なのに、悔しくて、苦しくて、僕が泣いてしまいそうだった。経験したこともない僕が、知った風に涙を流しては駄目だ。奥歯を噛み締めて必死に涙を堪えた。
「……でもね、君が言ったんだ。綺麗な色だって……。それから、同じ色の花をくれた」
 授業の終わりに渡したクチナシの花のことだ。
「……本当に、本当に……嬉しかった。生きてきた中で、一番嬉しかったんだ。だから……ありがとう。俺も、思ってる。君がいてくれて良かったって」
「……っ!」

『あなた、なんでここにいるの?』
『ここで何がしたいの?』
『あなたに使う時間はないわ。早く帰って』

 泣くな、泣くなって何度も頭に言い聞かせた。彼より先に泣いてしまうのは憚られたからだ。だけど、耳にこびりついた嫌な声を掻き消すようなクチナシ先生の言葉に、僕は確かに救われたんだ。