その前はもう霜が降りる季節だというのに、水の入ったたらいの中で何時間も正座させられた。
今日はいったい、なにを。

「じゃあ、行ってらっしゃい」

義母が閉じた扇子の端で私の顎を持ち上げる。
目に入ってきた彼女は赤い唇を歪ませ、にたりと笑った。

「ちゃんと持って帰るまでは家に入れないからね」

「あっ」

行けといわんばかりに蹴られ、身体が崩れる。

「は、はいっ……!」

もう一度、土下座の体勢を作って頭を下げた。

夕闇に染まりはじめた町をひたすら走る。
せめて路面電車が使えればいいが、その料金すら持たせてもらえなかった。

「あっ」

下駄の鼻緒が切れてつんのめって転んだ。
昼間降った雨で道はぬかるんでおり泥だらけになったが、気にしている暇はない。
下駄を脱いで手に握り、また走る。
しかしようやくたどり着いた五桐百貨店はすでに、明かりが消えていた。

「すみません、開けてください!
すみません!」

ドアを叩くが閉ざされたそれはびくともしない。

「お願いします、開けてください。
開けて……!」

無駄だと知りつつ声が嗄れるまでドアを叩く。