私から手を離し、紫乃がゆっくりとまぶたを開く。

「あの鬼はきっと、白珱様ね。
今、帝都に鬼なんて白珱様しかいないもの。
ご愁傷様、お姉さま。
嫁いだ先の旦那様に殺されるなんて」

にぃっと紫乃の口角がつり上がる。
それはとても、嬉しそうだった。

残りの時間で身の回りを整理してしまう。
持って行くものなどほとんどない。

「ここももう、最後か……」

薄くて黴臭い布団をひけばいっぱいになる納戸だったが、それでも出ていくとなると淋しかった。
それが、殺されるためとなればさらに。

「涼音様。
白珱様がお見えです」

「はい、ただいま」

そのうち、女中が呼びに来て、重い腰を上げた。

玄関では軍服姿のふたりが待っていた。
片方の、白髪の人物を見て目眩がする。
彼は昨晩、私を食べようとした鬼だ。

「よう!
一晩ぶり!」

なぜか凄く気さくに鬼が私に声をかけてくる。

「ちょっと。
自己紹介が先ですよ」

そんな鬼の態度に隣の若い軍人は頭が痛そうにため息をついた。

「そんなの、車の中ですればいいだろ」

「えっ、あっ!」

鬼がいとも簡単に、私をひょいっと肩に担ぐ。