「嫌だ、涼音。
殺したくない」
しかし旦那様の意思に反し、彼の右肘が大きく引かれる。
「私は旦那様の妻になれて……」
次の瞬間、勢いよく旦那様の手が私の胸を貫いた。
不思議と、痛みは感じない。
「幸せ、でした……」
言い切ると同時にせり上がってきた大量の血を吐いた。
ずるりと旦那様の手が無情にも抜き去られ、私の身体が崩れ落ちる。
「涼音……!」
身体の拘束が解けた旦那様が、私を抱き止めてくれた。
「死ぬな、涼音。
死ぬな……!」
泣かないでくれと言いたいのに声が出ない。
どうにか手を動かし、旦那様の頬に触れる。
旦那様との生活は幸せだったな。
もっと旦那様に字を教えてもらいたかった。
読みたい本もたくさんある。
また、いつか行く旅行も楽しみだった。
もっと船津さんと田沢さんにかまわれて怒りを爆発させている菰野さんを見ていたかった。
……ああ。
そうか、これが未練なんだ。
死ぬのに未練なんかなかった私に、いつの間にかこんなにいっぱい未練ができていた。
「……もっ、もっ」
「うん、うん」
もう喋りづらい私の口もとに旦那様が耳を寄せてくれる。
「……だ、ん……」
……もっとずっと、旦那様と一緒にいたかった――。



