幾久しくよろしくお願いいたします~鬼神様の嫁取り~

いやいやと首を激しく振りながら、旦那様が後ずさっていく。

「白珱」

「嫌だ。
やつがれは涼音を殺したくない」

どうか撤回してくれと旦那様は縋るような目で綱木長官を見た。
旦那様が自分の命令に従わないからか、長官が面倒臭そうにため息をつく。

「〝百珱〟」

その声で旦那様の足がぴたりと止まり、身体が硬直したかのように棒立ちになった。

「涼音を、殺せ」

静かだけれど有無を言わせぬ重い声が、命じる。

「あ……あ……」

命令にあらがおうと旦那様は自分の髪を掻き毟った。
それでもその足は一歩、また一歩と私のほうへと進んでくる。

「逃げろ、涼音。
やつがれはお前を殺したくない」

旦那様が言うとおり、逃げるべきだというのはわかっていた。
けれど私がいなくなれば旦那様は父を殺させられるのだろう。
それに逃げたところできっと、私も必ず殺される。
だったら父ひとりくらい、私が守る。

父を庇うように旦那様の前に立ち塞がる。

「涼音……嫌だ、嫌だ」

私の前に立った旦那様の目からは、涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。

「旦那様……」

私を固定するように旦那様の左手が私の右肩を掴む。