目の端を白いものがひらひらと落ちていった気がして、空を見上げる。
「もう春なのに雪ですか」
菰野さんも同じように空を見上げていた。
桃の節句はすでに終わった。
こんな時期に雪なんて珍しい。
「積もらなきゃいいんですけどね。
まあ、積もったときはあの人と裏使って迎えに来ます。
じゃあ」
菰野さんが帰っていき、ひとりになりホテルの建物を見上げる。
……大丈夫。
私には旦那様も、菰野さんだって船津さんたちだってついている。
一度、俯いて小さく深呼吸し、意を決して勢いよく顔を上げてホテルの中へと足を進めた。
私が受付に近づくにつれ、チクチクと痛い視線が増えていく。
「……ほら、無能の」
「……今は異能特別部隊で飼われている鬼の妻だそうよ」
「……あらそうなの?
無能にはお似合いね」
「……でもなんで、こんなところに?」
いろいろな悪口が聞こえてくるが、そんなの気にしない。
確かに私は無能だが、旦那様はこんなに可愛くて頼りがいのある嫁はいないと言ってくれた。
それに旦那様は確かに飼われている鬼だが、こんな陰で人の悪口を言って喜んでいる人間よりずっと立派な方だ。



