幾久しくよろしくお願いいたします~鬼神様の嫁取り~

そう言われても名前ごときでなにがあるのかわからない。
私など名前はひとつしかないし、本当の名前をさらしているのも同じだ。

「論より証拠。
やってみるか」

旦那様は肩に手を置いて準備をするように首を左右に倒してほぐし、ソファーから立ち上がった。

「涼音。
真名のびゃくえい……音が一緒だからややこしいな。
その、書いた百珱のほうの字を思い浮かべながらやつがれに……そうだな。
〝お座り〟とでも命令してみろ」

「え……」

旦那様は笑って許してくれるだろうが、たとえふざけてでも犬のように命令なんてできるはずがない。
嫌々と首を振ったら、旦那様は苦笑いした。

「いいからやってみろ。
怒らぬから」

そこまで言われたら、やるしかない。
胸の内で旦那様の本当の名前、百珱の字を思い浮かべて名を呼ぶ。

「……百珱、お座り」

次の瞬間、旦那様がなにをしているのか私には信じられなかった。
彼は私の足下に犬のごとく座っている。

「えっと……旦那様?
別にしなくていいんですよ?」

私に声をかけられ、旦那様はほっと緊張を緩めたように見えた。