ほっと息をついたのも束の間。

唐突にかっ!と眼が、眦が避けてしまうんじゃないかというほど大きく見開かれる。
がばりと勢いよく起き上がった彼は、私の腕に噛みついた。

「ああっ!」

牙が肌を突き破り、肉の奥深くまで刺さる。
牙が当たる骨が軋み、砕けてしまいそうだ。
激しい痛みが私を襲い、気が遠くなっていく。
しかし旦那様は私の悲鳴になど気づかず、腕に牙を立て続けた。

……我を忘れていらっしゃる。

このまま、旦那様に食べられてもいい。
しかし旦那様は正気に戻ったとき、自分が私を食べてしまったと、私を殺してしまったと後悔するのだろう。
旦那様に後悔などさせたくない。

「だ、旦那、様」

あいている右手を伸ばし、気を落ち着けるようにそっと彼の背中を撫でる。

「ぐるるるるっ」

旦那様は私の腕を咥えたまま獣のように低く唸りながら、じゅるりと私の血を啜っていた。

「大丈夫、です。
もう、怖くありま、せん」

痛みで意識が飛びそうになる。
それでも必死に、旦那様を宥めた。

「怖かったですね、つらかったですね。
もう大丈夫です。
大丈夫、だから」