狒々を振り返り、綱木長官が手を打ちあわせた――瞬間。

「……え?」

ぱん!と破裂音がしたかと思ったら、狒々が砕け散った。
とてつもなく臭気を放つ血が頭から雨になって降り注ぐ。

「公通!」

これにはさすがの旦那様も怒気を露わにし、長官に詰め寄った。

「このままにしていたら、またよくない妖が寄ってくるから仕方ないだろう?」

すました顔で言い放った彼だけは血塗れになっている一同の中でひとりだけ、綺麗な姿で立っている。

「だからといって他にやりようがあるだろ!
妖の血は人間には毒だ!」

血に濡れた皮膚がちりちりと痛む。
臭気を吸ったせいか、呼吸もしにくかった。

「菰野くんがいるんだから、大丈夫だと思ったんだけどね」

ちらりと視線を向けられ、なにかに気づいたのか菰野さんが大きく目を見張る。
すぐに彼は傍にできていた血溜まりに手を入れた。

「菰野さん!」

あんなのきっと、手がダメになってしまう。
やめさせようとしたが、彼はなにかに集中していて動かない。

「え?」

まもなく、私の全身にまとわりつく血がぞろりと動いた。