それだけの時間をふたりは過ごしてきたのだろう。

婚姻届を作る段階になって問題が発生した。

「ここに涼音さんの署名を……」

綱木長官から筆を渡されて固まった。

「涼音?」

私が筆を持ったまま止まってしまい、ふたりとも怪訝そうだ。
これを言うのは恥ずかしい、けれど言わなければ先に進めない。
少し悩んだあと、おそるおそる口を開いた。

「……私は字が書けません」

ふたりとも信じられないといった表情で私を見ている。
もう小学校が義務教育になって久しい。
よほどへんぴな場所にでも住んでいなければ、学校に行っていない人間などほとんどいないだろう。

「小学校すら行っておりません。
本当に申し訳ございません」

精一杯の謝罪の気持ちで頭を下げ、旦那様たちの反応を待つ。
あんな立派なお屋敷に住んでいる方の妻が小学校すら出ていないなんて、やはりダメだろうな。
私はなにを勘違いしていたんだろう。

「だから、申し訳ございませんの大安売りをするなと言ったであろう?」

旦那様の声が聞こえてきて、頭を上げた。
私は別に、大安売りなどしたつもりはない。