「しかし、おまえの嫁取りなど前代未聞だね。
文献をざっとだが調べてみたけれど、どこにもどうすればいいか書いてなかったよ」

はぁっと物憂げに綱木長官がため息を落とす。

「それはそうだ。貞規(さだなり)に負けてから、嫁など一度も取っていないからな」

声を上げて豪快に旦那様は笑っているが、それがなぜ今になって私を嫁になんて言い出したんだろう?

「人間なら今は婚姻届を提出すればいいだけだけれど、鬼の嫁取りはねぇ」

また、綱木長官がはぁーっとため息をつく。

「やつがれが涼音はやつがれの嫁だと言っておるのだ。
それでよかろう?
だいたい、少し前までは祝言さえ挙げてしまえば夫婦だったのだ」

「うん、まあ、そうなんだけどねぇ」

長官に合図され、若い軍人――秘書官が私たちの前に紙と筆、硯を置く。

「婚姻届を提出しようと思うんだ」

「は?」

長官の提案が信じられないのか、旦那様は間抜けなひと言を発して穴があくほど彼の顔を見た。

「耄碌したか、公通。
鬼の婚姻届など受け付ける役所がどこにある?」

それは旦那様の言うとおりだ。
鬼は人間ではない。
いくら人に使役されているからといって、人間の法が適用されるはずがない。