荷物をしっかりと抱え、暗い夜道を足早に急ぐ。
昼間降った雨で、道はぬかるんでいた。
水たまりへ踏み込み、泥水が跳ねる。
木綿の、一枚しかない着物の裾を汚したが、気にしている余裕はなかった。
こんなに遅くなって、妹は怒るだろうか。
義母に叱責されるだろうか。
この時間ではもう、夕飯にありつくのは絶望的だ。

……おかしい。

次第に足は遅くなり、そのうち立ち止まっていた。
もう大通りに出ていいはずなのに、いくら歩いてもその気配はない。
訝しんで周囲を見渡すが、ぴったりと戸口を閉ざした家々が黒々と立ち並ぶばかりで、人っ子ひとりどころか、猫一匹の気配すらなかった。
ここはこんなところだっただろうか。
通り一本向こうには路面電車がこの時間でも走っているはずなのに、その気配もない。
いつもならうっすらと見える大通りの明かりも喧噪も、感じられなかった。
今は、私の荒い息づかい以外、なにも聞こえない。

とにかく、早く家に帰らねば。
その思いで再び駆け出す。
しかしあたりには次第にもやまで立ちこめはじめ、唯一の明かりだった月も隠してしまった。

怖くて怖くて、ただ夢中で走る。
……と。