生徒会室へと連行される途中、私はなるべく冷静に考えようとした。
――昨日の記憶がない。
――なのに、生徒会は私に注意をしたと言っている。
――証拠がある、とまで言われた。
訳が分からない。だが、今はとにかく話を聞くしかない。
生徒会室の扉が開かれ、私は中へ押し込まれた。
室内に居たのは、数人の生徒会メンバー。そして、窓際で腕を組んで立っていた鳳城司の姿があった。
青翔学園の生徒会長。鳳城財閥の御曹司にして、学園随一のエリート。
いつも通りの端正な顔立ち。けれど、私に向けられる視線は厳しい。
「座れ」
短く命じられ、私はしぶしぶ椅子に腰を下ろした。
鳳城は私をじっと見据え、静かに口を開く。
「如月鈴花――昨日のことを、どう説明する?」
「だから、何の話?」
私は腕を組み、少し不機嫌に言い返す。
すると、来栖が横から口を挟んだ。
「とぼけるのね。でも、昨日のことは記録に残っているわ」
そう言って、彼女は一枚の書類を差し出す。
そこには、私の名前と「校則違反に関する聴取」と書かれていた。
「昨日、あなたは私たち生徒会に、無断アルバイトについて追及されたのよ」
「……本当に?」
「ええ。そして、あなたはそこで感情的になり、反省の色を見せなかった。それどころか、生徒会の理念を否定するような発言までしたわ」
「ちょっと待って、そんなの聞いてないし覚えてないんだけど?」
私が食い下がると、鳳城が軽くため息をついた。
「……記憶がない、か。確かに昨日の君は混乱していたが、まさか今日になって丸ごと忘れたとはな」
その言い方は、まるで私が「昨日バイト先にいた」ことを前提にしているようだった。
「待ってよ、本当に知らないんだけど? ていうか、私、昨日バイトしてたの?」
「ああ」
鳳城は迷いなく断言した。
「俺たち全員が君をここで見ている。逃げようとしても無駄だ」
「……」
私は椅子の背に深くもたれ、息を吐いた。
鳳城は冷徹な目で私を見つめている。
「君が無断でアルバイトをしていたことに対して、我々は非常に厳しく対処しなければならない」
その言葉に、私は少し顔をしかめた。
無断アルバイト? それは確かに私の生活のためにやっていたことだ。だが、どうしてこんなにも厳しく責められなければならないのか?
「でも、校則に違反しただけで、こんなに責められるものなの?」
鳳城は軽く眉をひそめたが、言葉を飲み込んでから淡々と答えた。
「青翔学園には、アルバイトに関して厳格な条件がある。成績が上位であり、学業に支障をきたさないと認められた者だけが許可される。君はその条件を満たしていない」
「だからって、私をこんなに追い詰める理由にはならないでしょ」
私は少し言葉を強めて反論したが、鳳城は冷静に続けた。
「君は学業においても、良い成績を維持しているわけではない。実際、成績順位は上位二十位にも満たない」
さらに鳳城は口を開く。
「それに、君が無断でアルバイトをしていたという事実は、君が生徒会に報告するべきだったということも含めて、我々にとっては大きな問題だ」
無断でやったアルバイト、そして報告しなかったこと。それが、私を追い詰めている。
「でも、校則って、そもそも私の生活には関係ないじゃない。」
そんな言葉が出てきた。
鳳城はしばらく私を見つめた後、静かに口を開いた。
「君の気持ちは分かる。でも、君がその規則に違反したことで、他の生徒に対しても示しがつかないんだ」
その冷静な言い方に、私は少しイラつきを覚えた。
「示し?」
「そうだ」
鳳城は私をじっと見つめ、言葉を続けた。
「君がその規則を守らなかったことで、他の生徒が影響を受けている。学園の秩序を守るためにも、我々は適切な処罰を下さなければならない」
その言葉を聞いて、私は一瞬黙り込んだ。
このままではまずい事になる。
バイトを辞めさせられたら、生活が立ち行かなくなる。
⋯⋯いや、まだ方法はあるはず。
そう、アルバイトの条件は―――。
私は静かに鳳城を見つめながら、言葉を紡いだ。
「私が次の定期テストで上位二十名に入れるようにするから、その間だけ待ってもらえませんか?」
しかし、鳳城司はその提案に対してすぐに反応を示した。
「それは無理だ。成績で保証できるわけがないし、待っているだけの余裕は我々にはない」
鳳城の言葉に私は笑みを浮かべて、再び言葉を続けた。
「でも、待つことで得られるものもあると思いませんか? もし私が上位二十位に入ることができたなら、どうなるかは明白でしょう」
鳳城は一瞬黙り込む。しかし、やはりその提案を簡単に受け入れられるわけではないようだった。
その時、来栖が少し間を置いてから口を開いた。
「鳳城会長、良いじゃないですか。待つことに何の害もないし、如月鈴花さんが成果を出すことで、むしろ私たちにも利益がある。」
その言葉に、鳳城は驚いたように来栖を見つめたが、すぐに沈黙が訪れた。
「⋯⋯根拠はあるのか?」
鳳城の声に、来栖は微笑んだ。
「だって、如月鈴花さんのような生徒が努力して成績を上げるなら、みんなも励みになるかもしれませんよ。生徒会としても、そんな過程を応援するべきだと思います。」
なんだ、私のような生徒って。別に成績がやばいわけじゃないのにしつこい。妙に⋯いや、かなりむかつくけど、交渉のために、ここは黙っておこう。
来栖の言葉に、鳳城は黙って考え込んだ。しばらくの沈黙の後、彼は軽くため息をついてから答えた。
「分かった。しかし、君が本当に上位二十位に入れなければ、君の処分は厳しくなることを覚悟しておけ」
その言葉に、私は頷きながらも、心の中で安堵の息をついた。
「それでいいよ。約束するから。」
鳳城は私の目をじっと見つめ、最後に一言だけ加えた。
「君がそれを守れるなら、問題はない。しかし、もし裏切ったら、後悔することになるぞ。」
如月が生徒会室を静かに去った後、部屋の中には一瞬の沈黙が訪れた。来栖はその沈黙を破るように、すっと口を開いた。
「ふふ、まさかあの子が本当に上位二十位に入るなんてこと、あるわけないじゃないですか。」
その言葉には、まるで如月を見下ろすような軽蔑の色が漂っていた。来栖はゆっくりと鳳城を見つめ、微笑みながら続ける。
「もちろん、努力してみせるって言っていましたけれど…もしも、彼女が出来なかったとしても、それは仕方のないことですわ。むしろ、彼女のためを思って、然るべき処分を下すべきでしょう。退学にすれば、きっと彼女ももっと楽になれるでしょうし。」
その言葉はあくまで穏やかな口調でありながらも、毒が潜んでいることは明白だった。来栖は鳳城の顔を見つめ、さらに追い打ちをかけるように続ける。
「勿論、鳳城会長なら、きっと適切な判断をなさるのでしょう?」
来栖の言葉には、まるで鳳城に媚びを売るような色が濃く、彼の気に入られようとする微かな意図が透けて見えた。
鳳城はその言葉を受けて、ほんのわずかに眉をひそめ、違和感を感じたようだった。だが、それを表に出すことはなく、淡々とした表情を保ちつつ答える。
「…彼女が結果を出せなかったら、その時は適切に対処するしかない。」
来栖はその言葉に、満足げに微笑みながら頷いた。
