「如月鈴花さん」
学校の門をくぐった途端、不意に名前を呼ばれた。
足を止めて顔を上げると、数メートル先に数人の生徒が立っていた。青翔学園の生徒会メンバーたちだ。
――といっても、私には縁のない連中だ。
成績優秀な上流階級の坊ちゃん嬢ちゃんが集まる場所。それが生徒会。私のような劣等生とは住む世界が違う。
「ちょっとお時間よろしいかしら?」
一歩前に出たのは、副会長の来栖綾華だった。
長い黒髪をなびかせる、才色兼備の優等生。お堅い生徒会メンバーの中でも特に厳格なことで有名な彼女が、なぜ私に声をかけてきたのか。心当たりは全く無かった。
「……なんの用、ですか?」
警戒しながらそう返すと、来栖は小さく微笑んだ。けれど、その目は全く笑っていなかった。
「昨日の件、覚えてるわよね?」
昨日の件?
一瞬、心臓が跳ねた。
――私には、昨日の記憶がない。
「何の話でしたっけ?」
表情を変えずに聞き返す。
だが、来栖の微笑みは崩れなかった。
「とぼけるのね。でも、困るわ。昨日のことで、あなたには責任を取ってもらわなければならないんだから」
責任? 私が?
ますます意味が分からない。
「ちょっと待って、ホントに何の話?」
そう問い詰めようとした瞬間、来栖がわざとらしくため息をついた。
「やっぱり、覚えてないわよねぇ」
その言葉に、背筋が冷たくなる。
どういうことだ? 何があった?
「まぁ、いいわ。こちらの話ですもの」
不安がじわじわと胸の奥に広がる中、来栖はゆっくりと告げた。
「昨日、あなたは……私たち生徒会と無断アルバイトの件でお話しをしたでしょう?」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れた。
無断アルバイトで注意? そんなの、全然覚えてない。いや、それ以前に――
「ちょっと待って。私、生徒会と顔を合わせた記憶ないんだけど?」
困惑しながら言うと、来栖は涼しげな顔で「そうでしょうね」と頷いた。
「覚えていないのは当然よ。昨日のあなた、ずいぶん取り乱していたもの。ショックで記憶が飛んでしまっても仕方がないわ」
「……いや、何その適当な理屈」
「事実よ」
淡々とした口調で言い切られる。
納得いかない。まるで、記憶がないこと自体を見透かされているような、気味の悪い感覚。
来栖は頬に手を添えて溜息をついた。どうにも演技くさい仕草である。
「あなたのアルバイト先で騒いでしまったのは謝るわ。けれど⋯」
「待って、本当に何の話? そもそも私、昨日バイトしてたっけ?」
私はいそいそとスマホを取り出し、シフトの記録を確認しようとする。しかし、来栖がそれを制するように静かに言った。
「あなたが何を言おうと、事実は変わらないわ、如月鈴花さん。昨日、私たち生徒会はあなたを校則違反で補導したのですもの」
「……」
「それに、言い逃れしようとしても無駄よ。現行犯で証拠もあるんだから」
その言葉に、心臓がどくんと跳ねる。
「さ、行きましょう」
来栖は優雅に微笑むと、私の腕を取った。
「……どこに?」
「生徒会室よ。あなたには、まだ話すべきことがたくさんありますから」
まるで逃げ場を塞ぐかのように、左右から他の生徒会メンバーが囲んできた。
――これ、まずいかも。
そう直感したときには、私はすでに生徒会室へと連行されていた。
