ごく控えめな音量に設定された目覚ましのアラームで、私は目を覚ました。

もぞもぞと布団の中で身をよじり、未練がましくまどろみを引きずりながら、枕元のスマホを手探りで探す。アラームはすぐに止まり、そのままの勢いで上体を起こした。

四方を囲むのは、古びた木の壁。圧迫感のある狭い暗がり――押し入れだ。

ちなみに二段目である。言っておくが、私は決して青いタヌキではない。

軽く伸びをすると、尻の下で木材がぎしりと軋んだ。見慣れた天井をぼんやりと眺め、息をつく。

ここが寝床になったのは、別に深い理由があるわけじゃない。

小さい頃から母は滅多に帰ってこなかった。だから、勝手に彼女の布団を使っていた。

ただ、それを気に入らない男がいた。ある夜、腹を蹴られた。床を這って逃げ込んだのが、この押し入れ。それ以来、私はここで寝ている。ただそれだけの話だ。

しばらくぼんやり座っていたが、意を決してふすまを開ける。

朝の光が差し込む六畳間。

安物のカーテン越しにぼんやりと陽射しが入り込み、薄暗い部屋を淡く照らしている。床には昨日置きっぱなしにしたノートや筆記用具、コンビニの袋が散乱していた。

私は軽く伸びをしてスマホを確認した。

日付は「10月4日」。木曜日。

その瞬間、違和感がよぎる。

――昨日、何をしていた?

「10月3日」の記憶が、まるで抜け落ちていることに気がついた。









私はスマホを握ったまま、しばし呆けたように画面を見つめた。

……昨日の記憶がない?

そんな馬鹿な話があるかと、自身にツッコミを入れたくなる。けれど、どれだけ考えても思い出せない。

昨日の朝は? 学校では何をした? バイトは?

頭の中が霧がかったみたいに曖昧で、何も浮かんでこない。

寝ぼけてるだけだろうか。それとも、疲れてる?

私はスマホのホーム画面を開き、LINEをチェックした。

未読のメッセージはゼロ。通話履歴にも何もなし。

「……まぁ、別に困ることはないか」

呟いて、スマホを投げ出す。

そもそも昨日の記憶がなかったところで、大した影響なんてない。今日が普通に始まるなら、それでいい。

私は押し入れから這い出し、散らかった床を避けながら制服へと手を伸ばした。

どこか気怠さを感じつつも、いつも通りの朝。












制服に袖を通しながら、昨日の記憶について改めて考えてみる。

やっぱり、何も思い出せない。

試しにスマホの写真フォルダを開いてみたが、特に手がかりにはならない。

大事な予定があったわけでもないし、別に昨日何をしていたかなんて問題じゃない。

制服の襟を正し、乱雑にまとめた髪を適当に指で整えながら鏡を覗き込む。映るのは見慣れた自分の顔――のはずなのに、どこか違和感があった。

「……?」

なんだろう、この感じ。

目の形? いや、そんなはずはない。寝起きでむくんでいるだけだろう。

「寝不足かも」

そう結論づけ、リビングへ向かった。

冷蔵庫を開ける。中身はほとんど空っぽ。あるのはペットボトルの水と、食べかけの菓子パンだけ。

「……買い物行かなきゃな」

適当に水を飲み、バッグを肩にかけて玄関を出る。

家の鍵を閉め、いつものように坂道を下りながら思う。

今日も、きっと何事もなく終わるだろう――と。

しかし、その期待はあっさりと裏切られることになる。

なぜなら、学校へ着いた瞬間、私は生徒会メンバーに呼び止められたのだから。