5年前。まだ俺達が高校生だった頃。
3年に進学し、将来どうなりたいか考えが固まり始めていた頃だった気がする。
俺と美翔は幼馴染で親同士がとても仲が良かったし、小さい頃からよく遊んでいたし、小学生の頃はよく夫婦だって揶揄われていた。
ただの親しい幼馴染から男女の関係になるのにそう時間はかからなかった。中学に上がってからその想いは強まって交際に繋がった。
お互いどちらがいなくなったら生きていけない気がしていた。

「悟!!今日の放課後空けておいてよね!!」

美翔の口癖。放課後に2人で出かけることなんかしょっちゅうだった。さすがに高校受験の時はさすがに少なめだったけれど。
高校に進学して別のクラスになって離ればなれになっても、新しい友達が増えてもそれは変わらなかった。
部活とバイトの合間に2人で出かけるなんてしょっちゅう。周りも応援したり茶化されたりした。
本当に幸せな青春そのものだった。今までその頃の写真を見ると今の自分よりも楽しく美翔の隣で笑っていた。
楽しかった。幸せだった。
もちろん喧嘩をして怒ったり、悲しんだりもしたけれど必ずどちらかが折れて仲直りして笑って。沢山デートもした。
美翔が好きな甘いお菓子を一緒に食べるのがとても楽しかった。彼女が美味しそうに食べている姿を見るのが幸せな時間だった。
大人になってもこの幸せが続くんだろうと信じて疑わなかった。もしかしたら本当に彼女と結婚するのではないかとも思えた。
小さい頃によくある"大きくなったら結婚しよう"という約束をした覚えがあるがもしかしたら叶うかもねなんて美翔と冗談を言い合ったぐらいだ。
実現してほしいなんて恥ずかしくて美翔の前では言えないがその願いはちゃんと叶えたいと心の底から思った。
だが、俺達の想いは思わぬ形に変化するなんて思いもしなかった。ある2人の男女の登場で全てが一変したからだ。


3年に進級し、新しく入学した1年生が入ってきた頃。桜はまだ咲いていたが葉っぱが出始めていた時期。
美翔との関係も相変わらずで、また受験があるから今のうちに遊びまくろうなんて笑い合っていた。服を買いに行きたいとか、映画見に行きたいとか、遊園地に行きたいからとか話して面白がっていた。
大学に行くか就職するかという選択と自分のやりたい事だけ決まっていたが、本当にこの選択でよかったのか少しモヤモヤしていた。
美翔は服飾系の大学に行きたいと言っていた。
よく俺に自分がデザインした服のイラストが描かれたスケッチブックを見せてくれた。
可愛らしいものもあれば、シックで大人らしいものもあって彼女のデザインを見るのが楽しかったし、将来に不安を覚えていた俺に勇気を与えてくれた。
彼女は夢に向けて歩み始めている。これからはずっと日向の道を歩いてゆくのだろうと信じていた。

「悟先輩♪お久しぶりですぅ♪」
「お、おう。久しぶりだな。新島。まさかここに進学してくるなんて思わなかった」
「だってぇ、悟先輩のいる高校に絶対に入ってやるって決めてたから♪」

俺に馴れ馴れしく迫ってきたのは中学の後輩の新島莉愛だ。
中学の時もべったり俺にくっついてきたが、俺が高校に進学してから音沙汰がなかったからやっと諦めたのかと思ったが全然だった。寧ろ悪化している。
俺が中学を卒業する直前に告白されたことがあったが、もうその頃には美翔と付き合っていたしもしそうでなくてもコイツとは交際なんてしたくなかった。
嫌いな分類と言った方がいい。避けたいぐらいだったが変に好かれてしまった。
おまけに美翔のことをひどく嫌っている。いつも美翔の悪口ばかり言ってうんざりしていた。
しかも厄介なのは人当たりが良くていろんな人から好かれていて味方が多い。
虚偽をばら撒き、攻撃され孤立し最終的に転校した人間とか、不登校になった奴人間が大勢いる。
悪魔のような女。
もう1人嫌な奴がこのタイミングで転校してきた。濱村静流だ。
顔が良い莉愛の子分みたいな男。いつも美翔を変な目で見てくる。
いろいろやらかして転校したのに戻ってきやがった。莉愛がまた調子に乗るのが目に見える高校最後の年になることに気が滅入ってしまう。

「まだ別れてなかったんだぁ。あのブサイク美翔先輩と」
「……それ以上言うとキレるけど?」
「こわぁ〜い♪でもぉ、そんな悟先輩もだぁいすき♪絶対に莉愛の旦那さんになってもらわなきゃね♪」

誰がなるか性格ブサイク。口に出して言ってやりたかったがまたきゃー素敵♪なんて言われるのがオチなので心に留めておいた。代わりに大きく溜息をする。
コイツも気がかりだが、一番の気掛かりが静流だ。
執拗に美翔に付き纏い危害を加えよとするけがある。実際に中学の林間学校の時に暴行未遂が起こしたぐらいだ。
責任として転校させられ反省したかと思ったが全くしていない。
寧ろ悪化した状態で再び莉愛と結託していた。



やっと落ち着いていた筈なのにコイツらのせいで平和だった高校が壊れてゆく。
2人が学校に来てからしばらく経った頃に変な噂が流れ始めた。

《名波美翔は、濱村静流という恋人がいるにも関わらず新島莉愛から大岩悟を寝取った》

根も葉もない噂。きっと流したのは莉愛。
彼女の嘘を信じる人は最初は少なかったが次第に信じる奴らが増えていった。
莉愛の涙に騙された奴らは美翔を蔑むまで見るようになる。
最初の頃は気にしなくていいとあしらっていたが、事は悪化の一途を辿ってゆく。
美翔に対するいじめが始まったのだ。しかも莉愛を信じて疑わない学年問わない数からの。
物を隠したり落書きするのは勿論、物を投げつけたり、俺の見えないところで美翔を呼び出し別れろと罵倒したり、暴力まで加えようとする奴らもいた。
俺は莉愛のことなんか愛していない。気持ち悪いとも思っている。俺が愛しているのは名波美翔だけだと愚か者共に告げたのに、"恥ずかしがらなくていい"、"美翔に何か弱みでも握られているんでしょ?"、"こんな女に構うより莉愛ちゃんを大事にしろ"と言ってきた。
違うのに、必死に真実を話しているのに、誰も、誰も、誰も信じてくれなかった。
先生まで美翔を虐めるようになった。
もうこの学校に味方なんていない。絶望の思い出が侵食してゆく。
それが決定的になったのは夏休み前の体育祭だった。
生徒がお揃いで着る筈のユニホームに美翔の名前だけ載っていなかったのだ。
先生は回収することなくそのまま使うとめんどくさそうに宣言していた。
今すぐにでもぶん殴ってやろうか、暴れてやろうかって身体が動きかけたが美翔が悲しげな顔で首を振った。

「いいよ。私は大丈夫だから」

必死に涙を堪える美翔に俺はこれ以上何もできなかった。このまま美翔を虐める奴等に危害を加えても彼女は喜ばない。
寧ろ、もうやめてこんな事望んでいないと泣くだろう。
俺の両親や美翔の両親が介入してもいじめは収まることを知らない。

全てが一変した体育祭当日もそれは変わらなかった。
1年である筈の莉愛が俺がいる3年の陣地に居座っている。
何度帰れと言っても、クラスメイトの女子達が可哀想だからと留めさせていた。
美翔には冷たい態度を取り俺から避けさせる。

「私達恋人同士なのになんでダメなのぉ?」
「そうだよ大岩!莉愛ちゃん放っておいたらだめでしょ!!」

莉愛を信じきっているクラスのボス格の女子が俺に馬鹿みたいに説教をする。美翔を虐める主犯格の1人だ。
俺の腕にしがみつく莉愛の甘ったるい声が吐き気を催す。
莉愛が邪魔して美翔に近づけない。それどころか。

(アイツ…どこ行ったんだ…)

もうすぐに3年が出る競技なのにさっきから美翔の姿が見当たらない。探しに行きたくても周りが邪魔して行けない。
美翔のことを心配していることを察した莉愛は意地悪そうな顔で笑った。

「美翔先輩なら静流っちと一緒だよ?」
「…え?どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。静流っち、ずっと美翔先輩のことが好きだったでしょ?だから私がいろいろセッティングしてあげたの」

コイツがいうセッティングの意味。嫌な予感しかしない。
静流は美翔を傷つけた男。ずっと避けてきたのに、誰も信じてくれない中で守り切らなければいけなかったのに。
どこでほつれた?何が欠けていたんだ。

「みーーんな私に協力してくれたの。私が悟先輩の側に入れるように。私の恋を成就させてくれる為にね。美翔先輩をあんな風に虐めてくれたこと本当感謝しかないよね♪」
「……」
「あ!そろそろ先輩が出る番でしょ?準備準備♪競技すっぽかして男をイチャつく美翔先輩なんか放っておきましょうぉ?」

俺は莉愛を突き飛ばし美翔を探しに行こうとするがクラスのみんなが止めにかかる。
まるで美翔をクラスとして認めていない様な言葉と行動。莉愛を信じ切った気持ち悪い女の怒号が癇に障る。
2人もかけているのに競技なんてできるわけがない。
莉愛達を振り切り走り出す。

「悟先輩!!!後悔しますよ?!!!美翔先輩に幻滅しても知らないから!!」

そうさせたのはお前なのに。
人気がない場所に美翔と静流が居るのだけは何となく分かってしまう。
守れなかった。何もできなかった。もしかしたらまだ間に合うかもしれない。
その後見たモノはとても悍ましいという言葉に相応しい光景だった。
この後の記憶が曖昧で、気が付いたら家にいた手には包帯が巻かれていた。
美翔と連絡を取ろうとするが反応はなかった。
この出来事の後から美翔は学校に来なくなった。静流も美翔を襲った罰として退学。シズルを差し向けたという証拠がないからと莉愛はお咎めなしになった。
クラスメイトは莉愛に心酔しきって腐ってゆく。
俺はコイツらの悪事のせいで美翔を失い彼女の人生を滅茶苦茶にしたのに。
学校に来なくなった美翔から別れてほしいとスマホにメールが送られてきた。納得がいくわけがない。
どんな姿になろうと俺は彼女を愛していた。
だが、心身共に深い傷を負った彼女に俺の言葉はもう通用しなかった。
彼女は俺の見えないところで身なりを変えて、欲と思想渦巻く繁華街へと足を運ぶ様になっていた。
どんどん派手になって、同じ苦しみを持つ人と関わり心を落ち着かせる。甘ったるい香水の香りと、まだ飲めないはずの酒と煙草の香りと纏って。
薬にも手を出しているのではないかと美翔のお母さんは泣いていた。両親の想いも今の美翔には届かない。
彼女を守りきれなかった俺に彼女を止められる権利なんて最初からなかった。
別れを受け入れるしかなかった。俺がどんなに抵抗しようと彼女の気持ちは変わらない。
まだ好きな気持ちが残っているうちの別れは本当に辛かった。
美翔はどう思っているのか。あの異様な雰囲気が漂う繁華街で新しい友達と笑えているのだろうか。
美翔への想いと莉愛のうざったい態度とそれに同調するクラスメイトから逃れる為にバイトに打ち込んだ。
莉愛のことも学校のことも忘れられる時間。同じ学校の奴がいないのも幸いだった。
一番救われたのはバイトの同僚の藤枝明希乃の存在だった。初めて頃から親しかったが、今回のことで俺に接触したことからいろいろ変わってきた。

「さとるっち。最近暗くない?なんかあった?」
「……別に何も…」
「アンタの別に何もは大体何かあった時。3年間ずっとバイトで一緒だったんだから分かるわよ。で?何があったの?」

明希乃の明るさは美翔にはない明るさだ。その明るさは俺が隠していることをすぐに見透かしてくる。
まるで全て見抜かれてしまっているそんな気がした。
美翔のことを隠していたとしてもすぐにバレてしまう。
隠させない。そんな風に彼女の目は俺に訴えてくる。

「わかった。彼女さんと別れたでしょ?」
「うっ」
「あ?図星?まさか別れた原因浮気とかじゃないでしょうね?」
「断じて違う。本当は別れたくなかった。周りに別れさせられたんだよ」
「……周り?教えてよ?」

明るかった明希乃の声が低くなる。思わずビクッとしてしまった。

「私に全部話してくれる?さとるっち達を陥れた奴らのことぜーーーんぶね?」

顔が整っている藤枝明希乃の目は俺を捉える。
普段の温厚さとはかけ離れた怒りを込めた目。あの目からは逃げられない。
ずっと自分の胸に秘めていたことを言えと尋問してくる目。
まるで自分のことのように怒り悲しんでくれる不思議な人に隠せるものは何もない。
逆らえなかった。俺は震える声で莉愛と静流達にされた事を全て話した。

「その新島莉愛っていうアバズレと、濱村静流っていうくそヤリチンのせいってことね。オーケー、なるほど理解した」
「明希乃さん…言葉言葉…」
「その莉愛って馬鹿女もしかしたら会ったことあるかも。私の顔なんか覚えてなんかないだろうけど」

明希乃は何かを企んでいるような笑みを浮かべる。新しい玩具を手に入れたかのように笑う彼女は仕事中とんでもない事を考えているようだ。
止めた方がいい。そう思ってはいるのに、美翔を傷つけておいてぬけぬけと生きて俺の彼女面する莉愛と反省の色のない静流のことを思うとそんな思いはどこかへ吹き飛んだ。

「明後日の金曜日。行くから。さとるっちの学校に」
「はぁ?!な、なんで」
「大丈夫大丈夫。さとるっちの事は守るから♪あ!そうだ!私のことは許嫁ってことにしといて」
「許嫁って…!!明希乃さん、アンタ一体何を考えてるだ」
「生意気な馬鹿女はに生きる価値なし。とだけ言っておくね。じゃ!仕事戻ろうか!!」

こんなこと言われて仕事に集中できるわけがなかった。
明後日の金曜日に明希乃は何かを仕掛けてくる。どうして彼女が莉愛に執着しているのかこの時はまだ分からなかった。
事が動いたのは明希乃の宣言通り明後日の金曜日のことだっあ。